HICPMメールマガジン第737号(2017.09.11)
HICPMメールマガジン第737号(2017.09.11)
みなさんこんにちは
連日のTV報道では、天変地異が世界各地で発生するのに加えて、ミャンマー政府による収去と民族差別を受けているロヒンジャの弾圧、北朝鮮の核の脅威など、人間社会も転変に狂わされています。
小田急線沿線のボクシングジムからの失火で小田急車両が延焼する事故も疑問だらけです。
私も連載していた「注文住宅」の原稿を見失って、その「控え」を見つけて、それで連載を継続します。この原稿はまとめ上げてから、私の人生のこだわり問題であるため、20回近く書き換えたもので、今回の物は前回までと重複や断絶はないと思いますが、手違いがあったらお許しください。
『注文住宅』の連載では、住宅の設計によってその品質が決定されるため、建築士法作成時には個人の資産形成を重視した米国の「建築家法」で建築家の学識、経験を重視したことに倣い、建築士法が作成され、建築士には高い学識と経験を要することが日本で蹂躙されていることを本文で扱っています。
建築士法上の「建築士の具備すべき能力:建築士の学識経験」
現行の建築士法では、建築の設計と工事監理を行う建築士の業務資格として、建築士を定めています。建築士法は米国の建築家法(アーキテクトロウ:コモンロー)をモデルに成文法にしたものです。米国の建築家(アーキテクト)は、大学の人文科学部建築学を4年間履修し、卒業後、2年間の設計・工事監理の実務経験を経て建築家試験に合格し、全米建築家協会(A.I,A.:アメリカン・インスティチュウト・オブ・アーキテクト)に登録し、定期の研修を受けることを資格条件にしています。
建築士法では、建築士は大学での建築教育を卒業後、社会での設計・工事監理業務を2年以上経験し、建築士試験に合格し、建築士登録した者に与えられます。受験資格に関し、建築士受験資格は、日本の建築教育が米国と同様に行われていると見なしました。その結果、学校教育として日本の大学で4年間の建築学教育を修了した者には、米国の建築学教育同様の人文科学としての建築学の知識能力の学業の教育がなされたと見なされました。そのうえで、建築・住宅産業関係の職歴があれば、その業務内容の如何に拘らず、建築士法上の設計・工事監理に関する2年間の実務経験と見なしました。建築士法と、同法施行時の条文と「みなし」の「ずれ」が建築士制度を再起不能の混乱に陥れています。
欧米と違う建築設計教育
1950年の占領下の日本では、建築士法制定時の前提と日本の現実とが全く違っていました。日本の大学の建築教育は人文科学部ではなく、工学部の建築教育でした。また、設計・工事監理中心の業務は当時の日本にはありませんでした。社会では、設計・施工一環の建築生産が行われ、設計・工事監理の業務自体が確立していませんでした。設計・工事監理の実務経験を積むこと自体が困難でした。建築系大学の卒業者は、設計施工一環の業務を行う建設業者に就職し、設計・工事監理業業務自体が未整備の状態でした。建築士法で定める設計・工事監理の実務経験を積むことは不可能に近い状態でした。建設現場では間取り図さえあれば、大工や工事業者が優秀な技能を有する建設職人を使い、伝統にしたがった標準化、規格化、単純化された職人技術で、施工図なしで、熟練技能で工事を行なったため、実施設計や建築詳細図を設計業務として作成する業務自体が例外的にしか存在しませんでした。つまり、建築士に必要な受験資格を積めない社会環境で、建築士試験資格のない人たちが、資格があると欺罔し、又は行政が虚偽申請を容認し、建築士試験が行われ、合格者が建築士になったのです。試験内容は設計工事監理技能ではなく、大学の建築教育修了試験と同じものです。それは現在まで同じです。
「代願設計」を建築設計教育として行う大学建築教育
建築基準法が1950年に制定され、全国適用になり、確認制度により確認済み証がなければ建築工事はできないことになりました。そこでわが国の建築教育は確認済み証の得られる建築設計教育に偏っていきました。基本設計も実施設計もなく、確認申請書に添付する「代願設計」があればよいとされました。そこで代願設計が設計図書とされ、工事請負契約書も「代願設計」を設計図書として利用され、建設工事は重層下請け構造に従い、「代願設計」が設計図書として配布され、実施設計がなくても工事は優秀な大工や建設技能者により実施されました。代願設計業務をこなす体制として建築士法が改正され、「2級建築士」が生まれ、代願図面の描ける大工は、当時検定で、2級建築士にさせられました。
建築士法制定以来違反状態の建築士法行政
私自身1964年に建築士試験を受験しましたが、大学で建築学科を卒業後、住宅官僚で標準設計の発注・検収業務も担当し、設計及び工事監理業業務経験はありませんでしたが、建築関係の公務員の職歴を設計・工事監理業務歴と見なし、建築士試験を受験させてくれました。大学の建築教育と住宅・建築行政に関係した学科の試験問題と代願設計を作成する設計製図試験で構成されていました。設計製図の審査は、確認申請図書の審査に準ずるものでした。その建築士試験に合格し登録した者に建築士資格が与えられました。建築士の設計能力は「代願設計」を要領よく作成する能力でした。それは、建築士法で定められた設計・工事監理業務を担う技術資格ではなく、建築確認事務を行なう代願技術者でした。国は、建築士を設計・工事監理者としてではなく、大学で建築教育を受けた建築技術者に与える国家資格(称号)と割り切って扱ってきました。建築士法に照らしてみる限り、建築士は建築士法の受験資格に違反した者に受験資格を与えてきました。その建築士法違反の状況は現在も改善されていません。
建築設計業務は人文科学的創造業務
日本の大学の建築教育は欧米で行われている人文科学教育とは全く違い、建築基準法一辺倒の建築教育を行ってきました。日本の建築教育は「ボタンのかけ間違い」の教育です。その理由は確認を受けない建築物は工事できない制度(建築基準法)がつくられたためでした。大学教育も確認申請ができる設計図書の作成教育に偏重しました。一般には確認申請を専門に行う建築主の代理出願人が作成する設計図を「代願設計」と呼び習わされています。確認申請書に添付する設計圖書は計画内容が建築基準関係法令集に適合することを説明できれば足ります。大学の建築教育では、建築士法や建設業法で定めている工事のための設計理論も、設計図書を作成する設計教育をしていません。建築士法で、設計・工事監理業務が、「建築士の排他独占業務」にされている理由は、設計業務が国民の財産にとって重要であるからです。建築基準法に適合する建築物を設計するためではありません。それは建築基準法行政が担っています。それであるにも拘らず、建築教育が建築士法で定めている基本設計及び実施設計教育を教育せず、代願設計しか行なってこなかった建築教育の誤りです。
欧米と同じ建築設計教育の実施
日本には、欧米で行われている「人文科学としての建築学教育」も、「設計・工事監理業務の実務経験を行なう職業経験」の場も殆どありません。欧米の建築学教育と設計・工事監理の実務経験を日本で行なうことは現代でも、殆ど不可能です。そもそも、建築士法で定めている建築学教育自体が欧米と違い、建築士法で定めた米国の建築学教育が日本に存在せず、また、設計・工事監理業務で扱う設計図書が違っています。わが国では建築士法で期待した設計・工事監理に関する学識・経験を積むことは殆ど不可能です。日本の建築学科卒業生に、「あなたの設計した住宅がいくらでできるか見積もってください」と言っても、彼らには見積もれません。床面積に「材工一式」の略算単価を乗じて概算額を出す概算見積もりすらできないだけではなく、その概算見積もりで見積もりは十分と誤解している人ばかりです。日本では材料と工法を特定できる実施設計を作成する建築教育は全く行われていません。材料の性格を知った使い方や工事の納まりを決める実施設計が建築教育に存在しないのです。
欧米の建築設計教育
欧米における人文科学としての建築学で行う設計教育は、建築加工する土地と建築の利用者の歴史・文化・生活を調査研究し、そこで高い必然性をもった建築設計を行なうために、設計の「基本コンセプト」をまとめることから始められます。そのコンセプトを建築主の合意・了解の上に、そこで構想する住環境が未来に向けて辿ることになる住環境の歩む「ストーリー」とその住環境の歴史文化を担う「ヴィジョニング」を建築家が明らかにします。その検討成果に建築主の合意を得た後、建築主の設計要求を取り込み、設計条件を整理し、工事費用の目標を明らかにし、建築主の合意を得てから基本設計にかかります。「基本コンセプト」の作成から建築物を完成し、その後、入居後、維持管理する連続線上に成熟する住環境を構想し、建築主の経済的負担の範囲で基本設計を創作します。基本設計をもとに実施設計を作成しますが、実施設計では建築工事の内容を構成する建築材料と工法と工事内容を具体的工事ができるように定めます。基本設計と実施設計を縛っている「基本コンセプト」は、入居者の経済的負担能力を考慮した建築工事費が譲れない内容です。
実施設計作成専門家:ドラフトマン
米国では「ドラフトマン」と呼ばれる実施設計を専門的に作成する専門職がいます。彼らは、基本設計で定められた基本設計を、工事予算を考慮して最適な材料、工法、施工技術・技能を知り、それを設計図書にまとめます。そのため、ドラフトマンたちは施工に関する膨大なデータベースをもち、常に工事内容を特定するために工事費との関係を考えて設計します。米国のドラフトマンは実施設計を作成する職能ですが、特に国家資格はありません。ドラフトマンは建築家と共同作業で実施設計をまとめますので、設計業界での専門職としての評価(業務報酬)があり、建築家より高い業務報酬を得ている人もたくさんいます。多くのドラフトマンには、建築家を当初、目指していて、デザインの関心以上に、実際の工事品質によりおおきな関心をもつようになり、材料や工法を確定する実施設計を専門に行なうトラフとマンを目指す人もいます。優秀な建築家は優秀なドラフトマンなしには優れた建築を造ることはできないことを知って、優秀なドラフトマンは設計業界では建築家以上に重要視されています。
日本の建築士は専門能力を持たず、顧客を愚弄する口先三寸「設計者」
わが国では、建築主の求めた設計条件を設計図書にまとめたものを「基本設計」と言い、基本設計をより詳細に記載したものを「実施設計」と呼んでいます。欧米の設計業界では通用しない定義です。「実施設計」は、建築確認申請で建築主事からの確認済み証を取得することが最大の関心になっています。多くの場合、建築主の要求を最大限盛り込んで、建築主の夢の実現を図るために、材料仕様などが定められます。しかし、わが国の設計業務では工事費の関心が低い上、材料や労務費のデータベースが基本的に未整備で、「実施設計」の段階で建築工事費を考え工事内容を特定することはありません。建築主に対しては、工事予算額を考慮しないで、材料及び工法を建築主の意向を反映して、「仮押さえ」と説明し、とりあえず、顧客の希望に応える「夢の実現」と言い、そこで定めた仕様どおりの工事を実施する意図はありません。わが国の建築士法では、設計圖書どおりに工事監理する能力を有する専門職能として建築士の資格が定められていますが、建築士には建築士法が前提にした学識経験は備わっていませんし、日本には欧米の設計業務自体が存在しません。
施工に繋がらない日本の代願設計
建築士法が制定されていて、建築士に必要な設計・工事監理に関する建築学の学問教育とそれを前提にした建築設計・工事監理の実務訓練する場が整備されていません。大学での建築教育として、建築士法どおりの建築学教育、設計教育も行われず、工事を正確に行うための実施設計が作成できず、また、実施設計が曖昧であるため、工事施工業者は工事施工経営管理(CM:コンストラクション・マネジメント)ができず、工事監理業務(モニタリング)の施行が行われていません。それにも拘らず、建築士法で定めた設計・工事監理の学識・経験を持たない建築士による設計・工事監理により、工事に必要な正確な設計図書が作成されず、概算見積りで工事請負契約が締結される結果、建設業は正確な建設業経営管理ができず、施工計画どおりに工事が行われず、工事費が膨張し、国民に不利益が及び、「手抜き工事」で辻褄合わせがされています。
建築士法で定めた技能を持たない建築士
建築士法では、同法で定める設計・工事監理能力が備わっている建築士にしか、設計・工事監理をさせてはいけない誠実業務実施規定になっています。しかし、国民に、健康で文化的な建築環境を設計及び工事監理する業務も、作成された設計図書では工事が適正にできず、建設現場では行き当たりばったりの工事詳細を決定し、工事が行われています。その結果、確認申請用の設計図書では、工事の詳細は設計・計画されておらず、工事現場の生産性は低くなります。工期が遅延し工事費が膨張し、予算内での工事ができなくなります。その結果、わが国の建築工事では「手抜き工事」が常習化しています。わが国のハウスメーカーの高額な注文住宅は、例外なく「名義借り」によって造られてきました。このことは、「建築士が不在でも、現在販売している品質の住宅は供給でき,社会的に実害を与えていない」とハウスメーカーは確信しているからです。ハウスメーカーにとって現在の建築士は建築士法に定められた学識経験を有しないことを認めて、「名義借り」を容認し、建築士法で定めている「排他的独占業務」の扱いは、実質上、無意味であるとしています。それを容認している国土交通省住宅局は、建築士法で定めた設計・工事監理業務を法律どおりに建築士に行わせようとせず、設計システムを使い建築士不在でも「差別化」設計をすることを奨励し、不正な設計・施工を建築士に「接客サービス」業務として実施させ、建築主に不等価交換販売と不等価交換金融による損害を及ぼしてきました。
「住宅設計の基本」と考えられている世界の設計常識
建築士法上、建築主が求めている住宅とは、建築主がその支払い能力の範囲で、生活要求に適合した品質の住宅を言い、その住宅が資産価値を増殖できる住環境として設計する業務が、「基本設計業務」です。基本設計を正確に工事として実施するための設計業務が「実施設計業務」です。その設計業務を確実に行うために、学識・経験を具備した建築士資格と就業制限制度が創設されたのです。
しかし、現在の建築士はこの2つの基本的要求に応える住宅設計能力を持っていません。それだけではなく、建築士自身が作成した設計図書で、工事現場での工事詳細を確定できず、正確な建設工事費を見積もりできず、工事監理業務もできません。「代願設計」を「設計図書」と言い、建築士法上の実施設計が作成されていません。その結果、建設工事業者は建築施工経営管理(工事費管理、品質管理、工程管理)ができず、その前提の正確な工事費見積もりができません。建築請負工事契約における工事請負契約額は正確な工事を定めた実施設計図書に基づかず、概略設計と「材工一式」の略算単価をもとにした計算した概算額です。そのため、等価交換が不可能になっています。工事請負契約額の変更ができなければ、建築工事の適正な工事監理ができず、建築主に背任行為として請負工事費内で工事をまとめる「手抜き工事」を容認する不正が行なわれてきました。
(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)