HICPMメールマガジン第854号(2019.11.06)
みなさんこんにちは
べいこくひがしかいがんではじまったTNDに相当する取り組みがサステイナブルコミュニテイになります。今回は、西海岸の取り組みを中心にしました。
第12回 サステイナブル・コミュニティ:「消費者本位」の住宅政策
アフォーダブル・ハウジングを掲げたサステイナブル・コミュニティの「ノース・ウエスト・ランディング」の住宅地開発では、住宅計画の進展段階に合わせて同じ工事費での選択肢を選べる方法が採られた。住宅購入者は早い時期であれば多くの選択肢の中から住宅を選択できる。工事が進めば、既設工事を前提にした選択肢しか与えられないが、工事費は同じである。「ノース・ウエスト・ランディング」の最初の段階では、火薬工場取り壊し廃棄物で建材を製造する労働者の労賃をベースに、入居できる住宅が計画された。供給する住宅はブロック製造工場労働者の支払い能力に対応できる計画として準備された。住宅購入者の住宅選択は、労働者の支払い能力に対応する住宅に合わせ、標準化、規格化、単純化、共通化を図り、労働時間を最小化する施工法を開発し、住宅購入者が選択する方法が準備された。
デュポン社によるノース・ウエスト・ランディングは、第1次世界大戦後米国にはフェミニズム運動が全土に拡大し、その中でフェミニズム運動が社会を覆った。クラフツマン洋式のバンガロウ形式の住宅は、当地からフェミニズム運動とともに全米に広がり、わが国にも「青鞜社」運動として輸出された。「ノース・ウエスト・ランディング」の開発ではこの土地の歴史文化を考慮して、クラフツマン様式の大屋根で家族を包むバンガロウ形式の住宅で建設された。取り組まれた「アフォーダブル・ハウジング」の思想は、住宅に困窮する労働者に住宅供給をする消費者本位の考え方の政策が基本に置かれた。
TOD(トランジット・オリエンティッド・ディベロップメント)の「ザ・クロッシング」
アフォーダブル・ハウジングを「開発基本コンセプト」にした「ノース・ウエスト・ランディング」のサステイナブル・コミュニテイの経験を、トランジット(大量輸送機関)を利用した小規模な都市再開発事業に取り入れらえた典型例が「ザ・クロッシング」である。カリフォルニア州の西部のサンフランシスコとサンホセの2大都市を南北に結ぶカリフォルニア鉄道と南北自動車道路がある。そこには自動車道路と鉄道(トラム:電車)が整備され、歩行者中心のトラムとバスを利用した都市間連絡交通がある。自動車が国民の足と言われる米国社会で低層高密度住宅地が開発されている。その都市の基本インフラ施設を再利用して輸送量を改善し、自家用車を大量輸送システムに代え、公共交通機関による都市の再生として取り組まれた開発TODが、カルソープの「ザ・クロッシング」である。
かつて、自動車交通による利便性によって開発されたショッピングセンターが衰退した後、その交通基盤を人びとの生活を経済的合理的に活用することで、豊かな生活環境として再開発する計画が取り組まれた。ショッピングセンターの計画として自家用自動車交通に依存するカリフォルニアでは、過去には、道路の拡幅を中心に自動車交通事情の改善を図ってきたが、結局、自動車交通は道路幅員が限界で、道路を自動車で一杯にしてしまうと、それ以上の交通容量が増やせず交通渋滞を拡大する。商業活動を活性化させることは、自動車の道路アプローチをよくすることではなく、多数の購買者を店舗に来られるようにすることである。第2次世界大戦後フランスの占領下にあったフライブルクは環境都市として世界の注目を浴びるようになり、市内への車の進入を禁止しトランジット中心の徒歩の街にしたところ、購買人口が急増し、都市が活性化した経験はTODに思想と同じである。ピーター・カルソープのTODは、カリフォルニア州中部と南部を結ぶ2つの大都市、サンフランシスコとサンホセを結ぶ道路・鉄道利用は、大量輸送交通能力を飛躍的に拡大させる能力を持ち、その幹線の沿線全体の経済活動を無限に拡大させる。沿線に生活する人びとも、経済活動も道路と鉄道を利用することでサステイナブル・ミュニテイを容易に実現できると考えた。自家用車に依存していたショッピングセンター跡地は、サンフランシスコとサンホセへの通勤者であり購買者層を居住させる「ザ・クロッシング」が開発された。
ピーター・カルソープは、「ラグナ―・ウエスト」を開発した後、ワシントンのデユポンの火薬工場跡地の再開発「ノース・ウエスト・ランディング」で、「アフォーダブル・ハウジング」開発を成功に導いた。その後、都市成長から取り残された土地を甦らせる多くのTOD開発に取り組んだ。「ザ・クロッシング」はショッピングセンター跡地を、自動車への交通依存を最小限にした既成都市の再活溌事業として、大量輸送機関(トランジット)を基軸に徒歩で生活する消費人口拡大を基本コンセプトとした住宅地開発である。TOD(大量輸送機関を基本的の交通とした開発)は、沿線の魅力ある商業・業務施設と相互支援関係を持つ新しいコミュニテイの設計、施工、経営として、大きな成功を収めた。道路や鉄道の幹線が集中する場所に、野生生物が生息する大きな樹木のある公園都市が造られた。自然豊かな公園のような大きな都市空間が、サステイナブル・コミュニテイとして人工的に計画・建設され、歩行者中心の町として計画通りに子供たちが安全に活動できる公園都市として経営管理されている。そこには人びとの生活に豊かな自然環境を復興し豊かさが持続している都市を再現させている。
アワニーの原則とニューアーバニズム
米国社会が経済成長ゼロの時代にエコロジカル・コミュニティの計画者マイケル・コルベットが取り組んだ「スモール・イズ・ビューティフル」な都市開発、「ヴィレッジ・ホーム」(カリフォルニア州、デービス)は、この時代の都市開発として、太陽、風、水、緑、地熱を利用し、自給自足も目指した開発と言われた。「ヴィレッジ・ホーム」は、非常に少ないコストで巨額な開発利益を挙げることが出来たと説明されたので、開発者マイケル・コルベットに、「非常に高い経営利益を実現しながら、このようなプロジェクトを繰り返して実施しようとされない理由は何か」と尋ねたところ、「確かに大きな開発利益が挙げられたが、お金に換算できない大変な苦労があった」と説明された。「このようなプロジェクトは,私たちがこのプロジェクトで得たと同じ利益が今後も確実に約束されても、再度実現されることはないだろう」と自信をもって説明された。その後そのコルベットの説明通りの状態が続いていた。20年後、この隣接地で「ヴィレッジ・ホーム」を追っ掛ける事業が出現していた。コルベットが実現した事業には必然性があり、必然性を理解した人は学んだ技術を実践し、容易に再現することになっていた。そのため、必然性を持った開発技法にまとめ、理論的にそれを踏襲されていた。DPZ,ピーター・カルソープ、マイケル・コルベットなど新しい消費者の生活中心の街づくりの取り組んだ建築家6人が中心に、カリフォルニア州のLGO法人ローカル・ガバメンシアル、チャンセラー(LGC)が、カリフォルニア州ヨセミテ公園のホテルアワニーで官民協調の都市開発の原則、「アワニー原則」をまとめた。その「原則」は、その後「ニュー・アーバニズム」運動を世界に広げている。
NPO法人住宅生産性研究会(HICPM)は1996年に創設されて以来、欧米の住宅地開発の歴史と技術を調査研究した。一連の開発で印象的なことは、その取り組みの全てに、エベネザー・ハワードのガーデンシティの考え方への理解と共感があった。その背後には、ハワードにガーデンシティの取り組みをさせたエドワード・ベラミーの『顧みれば』の社会的な問題意識が生き続けている。科学技術革新により大きな富を生み出すことが出来るようになりながら、人類は富の分配方法を間違い、それを是正できない倫理観の低さを暴露していた。「20世紀になれば、人びとは19世紀の人たちの無智を笑い話にするであろう」とベラミーは考え、サイエンス・フィクション『顧みれば』で明らかにした。
ハワードの思想を生かしたマイケル・コルベットの「ヴィレッジホーム」
環境都市として話題となった「ヴィレッジ・ホーム」を訪問したとき、コルベットから「私のこの取り組みの原点はハワードの『ガーデンシティ』である」と説明され、『ガーデンシティ』を読み直した。
カリフォルニア大学デービス校では大学は「ヴィレジ・ホーム」の中に研究施設を設置し大学の研究者をそこに居住させ、環境問題の研究を行なっていた。また、農業の専門技術者は「ヴィレッジ・ホーム」の住民にエコロジカルな環境管理や農業指導を行なっていた。農業は非常に高い知識と経験を要する学問で、農業理論と実践と知識と経験とによってしか発展出来ない。農業技術の発展は、そのための理論を実践し、その結果を観察する研究の場が必要である。住民たちの関心と学問研究とかうまく重なり合わせることで農業研究は進歩して行く。「ヴィレッジ・ホーム」の経営において、マイケル・コルベットは気象学や植物学と一体の農業と都市経営を融合した事業であるから、専門の農業研究者の援助なくて、「ヴィレッジ・ホーム」の経営を当初の計画通り進めることは出来ないと説明している。
カリフォルニア大学デービス校は、「ヴィレジ・ホーム」自体を、居住者が行なう農業経営が「ヴィレジ・ホーム」を大学の研究対象に、より豊かな住環境を維持管理するための方法を見つける実験と位置付けている。「ヴィレッジ・ホーム」の立脚している経済学は、F・アーンスト・シューマッハー著「スモール・イズ・ビューティフル」の中で、明らかにした経済学である。「アワニー原則」に集約された都市経営は、一人一人の生活を大切に考える民主主義の社会・経済学である。それはハワードの指摘した「ガーデンシテイ」の経営で、社会科学の法則にたつ都市経営に、自然科学の法則を取り入れ、住民合意の住宅地経営ルールを作り、「合意という民主主義」の経営を実現している。ニューアーバニズムによる住宅地経営は、都市と農村の強調と調和の経済学(社会科学)と、人文科学を組み合わせた学際的な研究を前提に進められているもので、住宅地の企画計画と同時に住宅地経営で実施される。
HICPMの創設とNAHBに倣った住宅都市開発
1960年代から現在までの60年間に亘って、私はわが国の住宅・建築・都市問題に、産業人・官僚・学者・研究者・開発事業者の立場で、事業の計画・実施、都市計画法及び建築基準法の立法、行政、並びに、住宅及び住宅地開発及び住宅地経営に携わり、政府や国民一般と同じようによりよい住宅・都市の実現に向けて取り組んできた。そこで分かったことは、わが国では都市開発と都市経営を業務上の取り組みを適切に行なうための学校教育も職業教育も行われず、同様に、学術的な書籍や専門的な理論と実践のテキストもなければ、大学研究機関では行政研究も行われていない。わが国には都市開発に関する実務者向けの教育現場も実務現場も適切な計画テキストも経営管理テキストも存在しない。
わが国の都市開発は、過去の国内外の事例を断片的に調べ、社会的に使われている情報を基にわが国の都市開発業務が取り組まれ、将来に向けて建設するべきモデル、又は、参考にするべきと言われる欧米の都市の利点を借用しながら、都市開発業務を模倣して日常業務が行なわれてきた。既に欧米における優れた住宅地開発を知り、欧米に倣った住宅地開発の取り組みが欧米と同じ都市をつくる取り組みとして行なわれた例も少なからずあるが、わが国では「物づくり(工学)」としてしか検討されず、居住者の満足する住宅地経営と言う理解はない。都市開発は、施設計画中心で生活者本位ではなく、一過性の「物づくり」である。そのため、戦後半世紀以上経過してもわが国の都市開発は欧米に倣った事業はできず、基本的なところで欧米の都市開発とは似て非なるものになっている。住宅・都市産業界は開発事業での住宅販売結果でしか評価せず、経営内容より営業販売の仕方しか事業の評価が行なわれていない。
その疑問は都市開発の考え方の基本が、わが国の場合、「物づくり」(工学)で、住宅の建設か住宅の販売により、開発目的は終わると考えられてきた。最近その傾向は一層強くなり、欧米のような人類の歴史文化を中心に考える人文科学として取り組まれてこなかった指摘がされている。住宅地環境を人類の文化資産と考えるのではなく、開発した不動産を売却して如何に大きな利益を挙げることしか考えていない。「開発された住宅不動産は、例外なく減価償却する」と政府も関係者も考えており、欧米のようにストックとして都市開発を行ない、管理する考え方自体が存在しないことこそ欧米との違いである。
1996年欧米の住宅産業技術移転を目的に、NPO法人住宅生産性研究会(HICPM)を創設した。この取り組みは「輸入住宅促進政策」に対応し、民間住宅産業において欧米の優れた住宅産業技術移転が取り組まれた。この最大の理由は米国の住宅産業は産業界とともに、住宅産業に関係する技術者、建設業者が合理的な業務により高い賃金と適正利潤を挙げるとともに、国民の資産形成を確実に行ない、わが国の住宅産業の学ぶべき業務実態を備えていると判断されたからである。わが国では輸入住宅政策の結果、米国やカナダと同じ品質の住宅を取得できるようになったが、建設コストは高く、消費者がその購入した住宅によって資産形成が実現できず、住宅産業の体質は変えられなかった。私自身が官僚時代に米国の建築法規を学び、それをわが国の建築基準法の取り入れた経験を持つ他、2×4工法をカナダ政府の協力を得てわが国の建築基準法の取り入れた経験から、米国およびカナダに学ぶところが多いことを知り、それを政府の輸入住宅政策に併せて民間レベルの技術移転事業として取り組むことを行なった。しかし、四半世紀に亘る住宅官僚時代の努力とその後NPOによる米国の住宅産業からの、技術移転の取り組みは、政府の妨害によって合理的な技術やCM経営は実を結ばせられなかった。
住宅や都市問題は、都市に建設する住宅や都市とそこで生活する居住者との相関関係でそこに作られる住宅や都市の空間と生活の担う文化が大きく変化する。住宅や都市はそれを造るための設計や施工と同様に、住宅や都市の経営管理が重要で、住宅や都市はそれが計画され作られるときから、人びとに活用され、居住者に高い満足を与え続ける経営管理の全ての段階に大きな関心が払われている。都市空間の変更に対して、欧米では都市経営によって住宅都市環境の提供する利益が大きく変化することを理解し、都市空間の主権者として居住者が、意見を述べその都市経営に関与している。
日本国憲法では主権在民を謳ってはいるが、日本国憲法で決められたことの実現を担保する方法が曖昧にされているため、住宅都市関係の行政が憲法に定められた通りにお実体を実現するものになっていない。わが国では、都市計画法が法律に違反して施行されていても、都市計画行政の間違った法解釈が適法と見なされ、違法な行政指導に逆らうことは行政が許さない。行政処分に対する行政不服審査請求や行政処分の是正を求める行政事件訴訟で消費者の申請や訴えが受け容れられることはほとんどない。わが国では主権在民の住宅都市行政は実施されることはない。欧米の民主的な法制度を法律手続きとして同様な手続きが決められているが、そこで行われる行政行為は行政機関の解釈のお仕着せでしかない。
(NPO法人住宅生産性研究会理事長戸谷英世)