HICPMメールマガジン第852号(2019.10.21)

みなさんこんにちは

 

第10回

米国の住宅産業伝統技術の技術移転

1970年代に私は官僚として、カナダから2×4工法をわが国に導入する法律整備を担当してきた。米・加両国は、2×4工法を駆使し住宅の品質を向上させ、建設価格を引き下げただけではなく、建設労働者の賃金体系をその技能(業務内容)に対応してきた。建設労働者の賃金は社会的に、熟練により高められる制度になっている。建設業者も建設労働者も既存の伝統的な施工技術の熟練を重視し、同じ工事を熟練によって工事生産性を高めることにより、適正な労賃を得て適正な工事額で工事をすることに努めている。TNDも基本的に米・加の住宅産業を踏襲し、実施設計は工事生産性を向上するため、標準化、規格化、単純化、共通化を進め、材料と労働の必要数量・作業時間が明確にされている。

 

1980年「シーサイド」(フロリダ)で初めて登場したTNDは、それまで米国社会に存在しない新しい住宅地開発であったが、そこで利用された住宅建設のハード技術は基本的に伝統を踏襲し、建設工事費は実施設計を基にした材料及び労務数量の見積もりが重要視されている。米国とカナダの2×4工法の優秀性は、確実な見積もりのできる実施設計にある。NAHBの合理的な取り組みによる実施設計と工事費見積もりにより、合理的な工事費見積もり通りの工事が可能になる。新築工事の場合にもその後の計画修繕や維持管理・修繕工事を考え、将来において発生する工事費支出が最小限になることを考えている。米・加の住宅産業では消費者の負担を最小にすることが重要視され、部分的な修繕が一般的に取り組まれてきた。建設産業界全体が標準化、規格化、単純化、共通化を進めることで、産業界全体として無理・無駄・斑を最少にする技術が重視され、わが国のように新材料や新工法に飛びつき、「差別化」により消費者を騙して高額な契約を結ぼうとしない。建設業者の材料と工法の選択基準は、その社会で最も一般的に使われている材料と工法を採用することで、下請け工事業界では社会的に吟味された合理的な工事を行なえるからである。新材料や新工法を選択することに、必ずしも経済的合理性はない。

NAHBはわが国の政府が進めてきたようなスクラップ・アンド・ビルドを前提にしたプレハブ住宅生産技術は支持していない。合理的で正確な工事費見積もりのできる実施設計の作成と、それに沿った合理的な工事数量と工事費単価を基にした工事費見積もりを行なう。米国のモ―バイルホームやモジュラホームは工場製作によってつくられるため、工場製作図面だけで住宅の工場制作を行なっている。わが国のプレハブ住宅は現場での部材の組立て加工図と代願設計図書で構成されている。わが国のプレハブ住宅では、実施設計なしの部材組み立て図面のみで住宅を建設している。プレハブ会社が高い利益を挙げ工事請負契約を締結する日本の住宅販売システムは、建設業法違反業務である。

国民のために合理的な品質の住宅を合理的な価格で供給するためには、米国の住宅産業に学ばないといけない。わが国のプレハブ住宅の販売価格を見れば明らかなとおり、それは数量と単価の積算ではなく、消費者に工事費見積もり内訳を説明しないでも、消費者に住宅を購入させることができるかであって、見積書に計上されている材料と労務の数量も単価も、実際に必要な数量と単価と無関係な数量と単価である。わが国のプレハブ住宅で行なっている工事費の見積もりと販売額の全ては正確な積算と見積もりではなく、「差別化」と言われる不等価交換を正当化する騙しの取引構造を前提にした見積もりである。工事費見積もりの構成要素(材料及び労務数量、材料や労務の調達価格)は不正確である。

 

NAHBとHICPMの相互友好協力協定

1996年、わが国の住宅産業を欧米の住宅産業で行われている等価交換を行なうためには、米国の全米ホームビルダーズ協会(NAHB)の築き上げた住宅産業体質に倣おうと考えた。1990年代に輸入住宅政策を推進してきた中曽根康弘内閣の経済企画庁長官であった近藤鉄雄議員と日米住宅産業の比較研究会をする中で、米国の高い住宅産業技術を国内に技術移転する団体として住宅生産性研究会(HICPM)を創設することになった。HICPMはNAHBと相互友好協力協定を締結し、NAHBの住宅経営技術資料を翻訳し、わが国の住宅産業に技術移転する教育活動と並行して、NAHBが推奨している住宅地開発の理論と実践をとおし、都市開発理論と開発思想を学んだ。

1980年代に「シーサイド」の影響を受け、全米各地で取り組まれた多数のTNDや、サステイナブル・コミュニティ開発の調査研究を4半世紀に亘り、毎年、複数回、会員を引率して欧米の話題性の高い住宅地を訪問し、その計画・建設及び経営実態を調査し、併せて、米国住宅産業の見学・研修を行なった。住宅産業の体質改善は、米国研修で取り扱う対象が人文科学に立脚した住宅及び住宅地の設計であり、社会科学的に合理的な住宅地経営であることに着目し研修をした。米国の住宅産業界では、住宅産業界が取り組んだ優れた住宅及び住宅地は、住宅購入者の支払い能力に合う価格で供給すべきことであった。優れた計画を無理・無駄・斑なく建設し・経営管理することが不可欠で、開発事業者はCM(コンストラクション・マネジメント:建設業経営管理技術)技術を習得し、それを実践することで、良品質の住宅及び住環境を合理的価格(国民の経済負担)で国民に供給できた。住宅購入者が住宅を取得し、計画修繕と善良管理義務を果していれば、個人資産形成できる住宅産業環境が形成される。

 

NAHBがその会員の教育研修のために作成した「コンストラクション・マネジメント」テキスト(4冊)をHICPMは翻訳・解説・出版する作業と合わせ、国内各地でCM(コンストラクション・マネジメント)研修会を実施した。HICPMは米国の住宅産業からの技術移転を通して学んだことを国内の住宅産業関係者がそれぞれの立場で積極的に学習できるよう、『アメリカの家、日本の家』、『アメリカン・ハウス・スタイル』、『住宅により資産を築く国、失う国』、『フローの住宅、ストックの住宅』、『欧米の建築家、日本の建築士』、『定期借地権とサステイナブル・コミュニティ{以上、井上書院他、『アメリカの住宅地開発』(学芸出版)、『アメリカの住宅生産』(住まいの図書館)、『最高の工務店を造る方法』(Xナレッジ)など多数の技術書籍として刊行した。これらの書籍は共通して、HICPMの9年間にわたる調査研究会で行なった報告と、欧米の住宅地調査報告書を、人文科学的理解を深めるための単行本として多数刊行することで、住宅・建築・都市問題を人文科学的に考える欧米の考え方を紹介した。HICPMは文献研究とともに、現地に出掛けての

調査研究を継続した。その調査研究の結果は、HICPMの月間誌「HICPMビルダーズマガジン」(通算、275号〉、(最新号265号)と、「HICPMメールマガジン」(毎週)して、HICPMが取材した欧米の住宅産業技術を紹介してきた。

 

米国では戦前、高度経済成長と自動車の普及により都市膨張が拡大して後、人びとの生活空間が徒歩圏の生活から自家用自動車中心の社会への移行に対応して、居住者、中でも子供や高齢者が、自動車の危険から守られるよう「歩車道分離」の住宅地開発計画を提案した。1928年に,クラレンス・スタインとヘンリー・ライトが歩車道分離の住宅地計画論を立体交差と歩車道分離道路の導入した「ラドバーン」(ニュージャージー)等、ハワードのガーデンシティの影響を受けた住宅地開発が取り組まれた。ラドバーンの子どもたちの通学・通園道路の立体交差は、トンネルを使い安全交通を実現する「ラドバーン計画」のデザインとして広く知られている。

戦後の英国では、戦災都市ロンドンの復興事業として、ハワードのガーデンシティに対する社会的要求を、第2次世界大戦後、英国アトリー労働党政権がニュータウン公社を開発主体として、ハワードのレッチワース・ガーデン・シティの住宅地経営をハーローニュータウンとして復活し、世界の多種多様なニュータウンプロジェクトとして展開されている。ニュータウン開発は自家用車の普及とともに、高い利便性をもたらしたが、地縁的な住生活を破壊していった。その反省に立って1980年、「シーサイド」でDPZがTND(伝統的近隣住区開発)により、新しい住環境提供することで社会を揺るがした。ベトナム戦争の社会的混乱から立ち直るために、TNDがDPZにより復興されることになった。

一方、ヨーロッパではEECがユーロ世界の建設を進めるため、フランスのミッテラン大統領政権が新しい時代の創造のリーダーシップを率いていた。それが労働時間を短縮した「自由時間都市」の創造であった。人びとが如何に労働時間を短縮し自由時間を拡大し、生み出した自由時間を個人の豊かな生活のために使うかが人類社会の関心になろうとしていた。個人の労働時間の問題を集約することで、巨大な自由時間として社会的に集約される。その自由時間として集約された結果が、社会的な都市空間形成の問題となり、社会構造自体を「自由時間都市」に変革することとして提起された。ミッテラン大統領が進めた南フランスのラングドック・ルシオンのリゾート開発である。新しく自由に使う時間の使い方により、都市空間の作り方と考え方自体を大きく変化させた時代であった。

その時代、イエール大学の建築学を卒業したDPZ夫妻は、フロリダのマイアミに拠点を置いて、アメリカ南部の英国の植民地時代に開発されたコミュニティが、経済的に豊かな大規模農場経営(プランテイション)の生んだ豊かな生活の受け皿になり、米国人にとって懐かしさを感じることのできる豊かなコミュニティに成長していることを発見した。DPZは南部に残っている伝統的な豊かな住環境を調査し、米国の未来に向けてのコミュニティの計画を調査研究した。その結果、現代人たちが自動車を導入した社会で粗末に扱っている都市空間を、個人の生活空間を地縁的に利用していた時代の空間利用を取り入れることで、もう一度、伝統的近隣住区に計画し直し、経営管理する豊かな空間として利用できることに気付いた。その成果を住民の自治組織であるHOAによる経営に試行錯誤を繰り返し、コミュニティづくりにするTND技法を「シーサイド」で実践し社会的評価を拡大していた。

 

「ヴィジョン・オブ・ブレィテン」の理論と実践(パウンドベリー)

居住者の生活を中心に考える住宅地経営の情報は、フランスで始まった「自由時間都市」の構想と重なり合い、経済成長が下支えになった欧米社会の大きな関心となっていた。フロリダでディベロッパー、デービスは、フロリダの豊かな環境を米国の知識人たちの自由時間都市として利用できないかと考えた。そして、「シーサイド」のプランナーとしてDPZを招聘し、その開発計画の依頼をした。DPZはデービスの要請をそれまでの調査研究の成果を実現する機会と受け止め「シーサイド」の開発を行なった。英国皇太子プリンス・チャールズは、DPZの多くの計画に関心をもち、デービスがDPZを招聘して実施した「シーサイド」には、計画当初から高い関心を寄せていた。そして英国のプリンス・オブ・ウェールズ(英国皇太子)が所有する領地(パウンドベリー)において、英国皇太子が推進してきたアーバンヴィレッジ運動の開発計画には、TND開発を取り入れることを考えていた。

アーバンヴィレッジ運動の提唱者、プリンス・チャールズが、英国皇太子領(プリンス・オブ・ウェールス)、「パウンドベリー」でTNDを実践したとき、そのチーフデザイナーとして、「シーサイド」計画のときのチーフデザイナー、レオン・クリエが招聘された。アーバンビレッジ運動をコーンウォール地方の伝統ある空間創造は、TNDの思想と技術を活用すべきと考えた。プリンス・チャールズ著『ヴィジョン・オブ・ブリテン』(『英国の未来像』:東京書籍)を読めば、パウンドベリーの開発思想がTNDで、「シーサイド」と基本的に同じ開発思想に立っていると理解できる。「シーサイド」の開発計画の最初の段階に、土地を購入した人には数年以内に住宅の建設を義務付けられた。TNDは都市開発の事業制度で、「住宅地開発は時間軸を大切にすべきこと」を社会的に明らかにした。その事業が計画通りに進まなければ住環境は計画通り熟成せず、地価上昇をさせることはでない。開発業者は計画通りの開発を土地購入者に要求する代わりに、購入した土地不動産は「年間5%以上の価格上昇が保証される条件」の買い取り請求権付で売却された。その結果、「シーサイド」の地価は10年間以上10%以上の価格上昇が引き起こされた。そのため、シーサイド計画は、一切の宣伝(アドパタイズメント)を行なわなくても売り手市場であり続け、地価が計画通り上昇した。それだけではなく周辺地の開発も促進された。米国南部に入植した人は英国系だけではなくラテン系の人も多い。フロリダ自体が米国の南部勢力の支配する土地柄である。「シーサイド」が英国系の住宅地文化のリゾートとして開発されたのに対し、米国南部はニューオリンズに代表されるとおり、ラテン系の人々の多数住んでいる。「シーサイド」の開発を見て、ニューオリンズの文化を愛好している人たちの要求は拡大した。「ローズマリー」開発はラテン系のロマネスクデザインの開発が行われた。さらに、その後に取り組まれたこの地域の植生を水彩画のように植え込んだ「ウォーター・カラー」開発は、淡水と塩水の2種類の入り江の植生を生かした自然植生を大切にする人たちの愛好するコミュニテイとして開発された。「ウォーター・カラー」のTNDは、ガーデニングを中心としたリゾート開発で、塩水のメキシコ湾の入り江と、淡水の河川の河口の入江周りにそれぞれの植生を生かした造園が行なわれた。いずれも自然植生と居住者の空間文化を取り入れたリゾート開発で、人びとの嗜好に対応する人気のリゾート開発地になっている。

 

「シーサイド」から「ウォーター・カラー」へのリゾートTND

メキシコ湾(カリブ海)をとり囲む形で海岸に沿って(ウォータ-・カラー)が開発されているが、隣り合う開発はその特色を誇って、短期居住者同士の交流も盛んに行われている。日本から鯉が移住させられ、鯉の名前「はなこ」をよぶと鯉が返事をすることで、その頭脳の高さで人気も高い。ここではその地の固有植生を大切にし、植生は基本的に原生の植物が当地の植生を乱すことはない。この地を豊かにする植生は積極的に受け入れている。植生の取り扱いの考え方はTNDの考え方と同じで、この「土地」とそこに「移住した人や植生」との相互作用により伝統的環境が形成されている。「ウオーター・カラー」の計画は伝統的な自然環境に憧れる人びと同様、植生にまで拡げている。「シーサイド」に始まるリゾート地開発は、リゾート移民受け入れと基本的に同じである。「シーサイド」開発の原則が一般の住宅地開発の計画理論として展開でき、それが「セレブレイション」に引き継がれている。この土地の伝統的な生活環境と外部から移住してきた人びとの生活環境とが開発地の環境を豊かにしている。

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