HICPMメールマガジン第792号(2018.08.20)
みなさんこんにちは
「価値」の「用語の定義」
「注文住宅」を考える現在継続中のシリーズでは、「注文住宅の価値は設計者が設計する内容であり、その価値評価こそ住宅取引の大前提である」ことから、今回は住宅の価値・価格を扱った。住宅の価値を客観的に決める方法を、わが国では、住宅関係者の間で通用する相場価格、設計見積、施工見積、概算請負工事金額などで取引が行なわれている。欧米で一般化している科学的な不動産鑑定評価(アプレイザル)は、わが国でも制度としてはあっても非科学的なもので存在しないも同じで、日常的に使われることはない。今回は住宅の価値を評さする方法を吟味検討することにした。
欧米では完成した住宅の不動産取引は不動産鑑定評価を通して社会的に合意される方法である。わが国では、「住宅の価値は何か」という問いに対して、住宅産業関係者の間でも「住宅の価値は経済的価値を言う」という世界の常識が通用せず、建築士資格者の多くは、「建築士が価値のある住宅を設計する」と言い、「その価値は建築士が信じる価値である」という子ども騙しにもならぬ回答をする建築士が驚くほどたくさんいる。その理由は多くの建築士には「価値」の「用語の定義」が存在せず、「建築士が主観的に設計する」と勘違いしている建築士がたくさんいる。
そのような建築士は、実は建築設計能力を持たない建築士であるからである。建築士のモデルとなっているアメリカの「建築家法」に定義されている「建築家」は、建築学を学び、その中で建築設計学に従って建築設計をする技術者であるが、その設計には「基本設計」と「実施設計」とから構成されて以る。住宅設計は建築主の要求に応えた「必要条件」を満足した基本設計と、建築主の支払いできる額に見合った工事費で作る十分条件としての「実施設計」によって構成されている。「実施設計」とはその住宅の材料と工法を確定することで、住宅の価格(価値)を確定する設計図書である。
経済価値ではない住宅の提供する効用
住宅の取引はその住宅の提供する効用(使用価値:デザイン、機能、性能)とそれを取得したいと希望する購入者の支払う貨幣の額の自由な需給市場における「等価交換」取引として決められる貨幣額(金額)である。経済的な住宅の価値は「価格は価値の現象形態」という経済学的な定義に従い「住宅の価値」を表す。住宅の効用(使用価値)は、デザイン(美的評価)、機能(利便性評価)、性能(安全性等評価)がされるが、貨幣で評価されることはない。しかし、多くの建築士はその作成したデザインの優秀性を「価値がある」主張しているが、それは経済的評価でない。
政府が住宅産業に「差別化」による「不等価交換営業」を推奨し、不正利益を与える住宅政策を行なってきた。そのため、大学の建築教育でも自己中心的なデザイン教育が「価値設計」と言って行なわれ、主観的な間違った価値観を住宅設計の中に持ち込み、「建築士の設計したデザインであるから価値がある」と「詐欺行為」を行なってきた。「建築士による差別化のデザイン」で不正利益を住宅産業界は消費者から奪ってきた。「建築士」が設計したということ自体に経済的価値は存在しない。
今回は住宅設計(実施設計)自体は住宅の価値(経済的)を明確にする物であることと、それが住宅に使用する建材や住宅設備とその工事を行なう職人の労賃で決められることを明らかにすることに目的を絞った。しかも自由主義社会における住宅の価値の決定方法は、住宅の取引を行なう「需要と供給の自由市場」で決められるものであり、住宅の価値は工事費内訳明細書として「見積もりの内訳」を示すことができる。欧米における不動産鑑定評価方法のうちの一つの方法が『コストアプローチ』と呼ばれる方法は、建設業法で定めている工事費見積もりと同じ方法です。
前回までに紹介したわが国の建築設計
わが国建築設計と言われる「代願設計」は、建築士法上で定義する建築設計ではなく、建築確認申請用の建築基準法関連法規に適合していることの説明図書に過ぎず、建築士法上の扱いは「その他業務」資料に過ぎないものである。また建設業法上の請負工事のための「工事費請負契約額」を計算するための基礎のする設計図書を「実施設計図書」と言い、代願設計はその機能を担えない説明書である。その上、わが国の不動産鑑定評価は欧米と違って合理的な工事費見積もりを前提にしていない。
このような米国の建築家法や建設業法と基本的に違ったわが国の建築士法及び建設業法に依って、わが国の住宅の価値を科学的に定めることができない欠陥を悪用して「差別化による不等価交換販売」価格が決められ、詐欺の方法で不等価交換販売が住宅の営業販売で行われている。その不正が発覚するときは中古住宅販売するときで、それまで販売価格の欺罔は隠蔽され尽くされている。また、その不正が暴露されたときの「逃げ」として、政府は「減価償却理論」で消費者を煙に巻いてきた。
住宅生産性研究会の会員の中から建材の共同購入と併せて住宅生産技術の交流を進めようとする工務店約40社がHBK(ホームビルダーズ研究会)を結成し、年4回定例会を開催し2日間の勉強会を行なっています。私は会の顧問として創設以来、毎回HICPMの調査研究を基にした短い講演をしています。この8月22日はHBK定例会出席のため、本講座は中止します。このメールマガジンによる講座も、メールマガジンの発刊回数の減少を補いため、これまで毎週3回発信してきました。しかし、一方的になって会員のご意見を聞くことができないように思えますので、9月から毎週1回に減らし、HICPMの活動、会員の状況や、読者からのご意見を取り入れていきたいと思っています。
第28回:わが国の建築設計、工事費見積もり、工事施工(MM第792号)
「欧米の住宅の建築設計」と「わが国の住宅の建築設計」とは、どこかで基本的に違っている。前者は、経年して資産価値が上昇し続ける住宅設計であり、後者は、経年して資産価値が急落する住宅設計である。その理由は住宅設計の基本とする前提条件である「基本コンセプト」を踏まえて設計が行われているか、それとも、目先の販売での目立たたせる魅力で設計をしているかの違いではないかと考えられる。
わが国の建築設計業務と米国の建築設計業務
わが国と欧米社会とは建築設計から工事施工に至る一連の業務が欧米の建築設計から、建築施工に至る一連の業務と異質な業務になっている。学校教育で行われている建築設計教育が欧米の建築教育と同じ言葉を使っていながら、基本的に違っている。その基本となる設計用語は、基本設計と実施設計であるが、そこで使っている用語の定義自体が違っている。そのため、その業務成果が違っていることは当然である。そこでは欧米と設計業務に関し、同じ建築用語であってもその用語の定義が違うため、違う用語の設計技術の間では、設計技術が相互に交換ができなくなる。欧米で「基本設計」と「実施設計」といわれているものは、わが国では存在せず、わが国では、すべて、代願設計である。
わが国の基本設計は建築主の求める設計条件を建築基準法に適合した確認申請用の図面にする基本図面のことを言い、それを、工事請負契約を締結するために必要な図面化し、建築基準法に基づく確認申請書の添付図面につくることを実施設計と言っている。わが国の建築設計で、基本設計と実施設計との違いは基本的になく、図面精度と意匠の内容が詳細になっている程度の違いだけで、工事費との関係で設計内容を特定したわけではない。詳細に記載した理由は、設計者が意匠図面として意匠のこだわりを詳細に記載した程度の理由でしかなく、工事費を理由に設計を詳細に定めたわけではない。
わが国の基本設計と実施設計との関係は、建築主に説明する基本事項を図面にしたものを「基本設計」と言い、それを実際の工事をするために工事業者が工事内容を意識し、工事をすることができる図面を「実施設計」と言っている。わが国の建築設計を担当した建築士に、その作成した実施設計で建築工事をしたときの工事費を尋ねてみるとよい。殆どの建築士は、自らの作成した実施設計を使って建設した住宅の建設工事費を見積もれない。建築士はその設計した住宅の延べ面積に相場単価を乗じた概算額でできると主張するが、請負業者でない設計者には実際に必要な工事費は解からない。
欧米の基本設計は、建築主の置かれた将来的な社会的環境変化を考慮して必要条件として求められた要求を如何に取り入れるかを考えて基本設計としてまとめ、実施設計では建築主の支払い能力な範囲で基本設計を実際の工事としてまとめるために、材料と工法を如何に具体的に絞り込むかを問題にする、つまり、建築主が購入できる十分条件を設計内容に取り纏めたものである。基本設計は建築主の要求に応える必要条件に応えた設計あるのに対し、実施設計は建築主が購入できる十分条件に応えた設計である。
日本の基本設計も実施設計も代願設計
代願業務の設計図書は、建築基準法に適合した建築物であることを説明するための設計図書である。代願設計を作成することは、建築法令に適合した設計である説明資料であることから、それを建築士のコンプライアンスであると建築設計の知識疑わしい弁護士たちが説明している。建築設計業界もいかがわしい建築法規の知識の弁護士たちの説明に騙されている。その背景には、わが国の大学レベルの建築教育機関で建築設計として教育すべき教育内容のカリキュラムもテキストもないことによる。基準線の上に部材の中心が取り付けられる平面図、立面図は、使用部材の厚さの捨象された「点と線」で建設部材を接合した図面は建築工事の詳細を説明することができないから実施設計にはならない。
代願設計の図面では材料の接合方法は具体的に決められず、材料と労務の数量と品質は特定できない。正確な工事のための建築材料の使用数量、材料を接合するための工事施工の専門職人の技能内容、工事に必要な技能能力及びその数量(作業時間)も分からない。その結果、建設に必要な材料費も技能者の労務費も数量が分からないので、工事費の計算もできない。その上、わが国の建設業は重層下請けの建材流通と施工とは、いずれも「下請け業者への丸投げ」になっており、下請同じ代願設計を使い、下請けの都度数量と単価を操作することが行なわれ、実際の工事内容は不安定である。
その代金決済も手形決済が多く資金回収の保険料が加算され、実際に必要とする建築材料価格および技能労働者の労務費用を知る公正な公開市場データは整備されていない。実施設計が正確に作成されず、工事費に合わせて材料と工法を変更することで、工事費総額の範囲で実施できる工事が下請け業者に押し付けられているため、欧米では考えられないような材料と工法を下請け業者の段階で決められる。重層下請けが、わが国では当然のように罷り通っている。わが国では基本設計及び実施設計で決めるべきことが何か教育する設計教育が行なわれていない。それは建築設計教育が存在しないことである。
熟練工を単能工に置き換える産業構造の変化
建設材料が生産者ごとに技術革新の成果を生かし、新材料、新工法を開発しているが、それは工事費を引き下げるために建設労務として熟練技能を放逐し、金物や接着剤を使い、又は、大型の複合建材をつくり、工事現場での取り付け工事が単純労働化される傾向にある。材料メーカーは簡単な取り付け工事を単能工でできる方法を開発し、労働市場は無政府状態を形成している。単能工による簡単な施工方法は、過去の施工方法とは連続性がないため、高い技能者を不要にし、安い労働力で実施されるが、それは工事現場を無政府状態にするものである。結局、建設現場に熟練工が育つ余地をなくしている。
接着剤や金物を使って単能工にでも施工できる工法で作られた住宅は、修繕することはほとんど不可能で、スクラップ・アンド・ビルドで対応せざるを得なくなる。材料業者や建設業者の工事額という視点で見ると、スクラップ・アンド・ビルドによる方法が、工事費総額を大きくし、建設産業にとっても経済活動としても、結果的に業者に利益の揚がる工事となる。それは、既存建築物を生かした修繕や増改築を不可能にし建設廃棄物を増大させ、建築材料の使用料と建設工事量を増加させることになる。
現代の施工の方向は、大量生産によって安価な材料の大量生産と大量消費を行ない、建設産業投資総額を大きくするものである。材料の大量販売は材料の流通を与信(信用の保険)管理により市場を系列支配することが、建材メーカーと建材商社により行われている。建材のシステム販売により需要を集約し、「プラモデル」のように、工事に必要な取り付け作業は、システムごとに開発された単能工による安い労賃で工事を行わせる方向に向って、過去と同じ工事を安価に行なうことになる。これらの技能工は、既存の建設技能者に縛られることなく、各建材を加工・施工する新規に供給される各建材取り付けの低賃金労働者として使われ使い捨てられる。新規に開発される建材ごとに開発される一過性の単純技能は、住宅の修繕や維持管理には使えない技能で、労働者の生活を支える専門技能にはならない。
重層下請け構造
わが国の建設業が重層下請け構造によって支えられ、元請業者は下請業者の取引相場や割引には関心があっても、下請けの最末端で働く技能者に支払われている労賃に関心はなく、下請け工事費の切り下げにしか関心を持っていない。国が建設物価資料を扱う財団法人に発注単価ベースの資料作成を依頼しているが、最末端で技能者に支払われるデータベースは未だにわが国では作成されていない。米国の工事積算データベースは、ホームビルダーが下請け業者や建材業者に支払われるときの工事費の支払いベースで、住宅の資産価値を鑑定評価するコストアプローチのとき用いられるデータである。
国土交通省が、「建設業を流通サービス業」と言う理由は、重層下請けの業務の組み立ての下請けの過程で、「口銭を取る仕方」が「流通サービス業」と言っている。国土交通省は会計検査院との間で建設工事費をデータ化している工事費は、公共事業の発注者が実施計画予算を作成した予算であるか、発注したときの予算上の材料費と労務費を言い、その材料費および労務費は重層下請け構造で下請けに渡されるときには、その都度、粗利分が削られ痩せさせられる。実際の建材物流は建材メーカーから建設業者に流れても、実際の取引伝票は6枚以上重なっていて伝票の枚数だけ粗利が加算される。手数料という説明で抜かれる粗利を中間下請けが抜く合理的な理由は存在しない。
公共事業の伏魔殿の財政基盤:複合単価
材料や建設労務の工事価格は曖昧でも、代願設計で工事費見積もりをするため、工事費の見積概算単価が「材料と労務費」を一体にした「材工一式」の複合概算単価が利用される。この複合概算単価は、業界の相場単価ともいわれるもので、不正を隠蔽する始まりの仕組みともいえる。工事請負契約額を決定するために、概算見積額で計算した工事費を精算工事見積額と欺罔し、正式の工事請負契約額とされた。そのため、見積額と矛盾する工事内訳明細書を請負契約書に加えることをせず、参考資料とすることで概算見積額を工事請負契約額に採用した。やがて、工事請負契約額の範囲で工事が行えない事態が発生すると、請負契約額と(代願)設計圖書は変更せず、「下請け叩き」が強要される。
「材工一式」の概算単価で建設業法が施行されたころは、余裕をもった単価で計算されていたので、工事請負契約額は変更する必要のない「契約」に裏付けられた請負工事金額とされていた。しかし、公共事業に政治家や官僚が集って、不正に資金を賛助会費等の名目で吸い上げるようになり、元請け段階で巨額な粗利を抜かれると、重層下請けでやせ細った実行予算で工事ができない事態が、日常的に発生するようになった。「無理を通せば道理引っ込む」の諺どおり、重層下請けによって膨張した工事費が工事請負契約額を超えるようになったとき、請負工事費に合わせるための「手抜き工事」が発生した。
それが「設計圖書どおりの工事」と説明して、実際の工事で「手抜き工事」を行なうことになった。公共事業では、重層下請け構造が一丸となって「手抜き工事」を隠蔽した。重層下請け構造が、下請けされる都度請負金額は縮小されても、下請工事實費を割り込んでまで下請け業者に請け負わせるわけにいかなくなった。そこで公共事業では組織ぐるみで開き直って「手抜き工事」が行なわれた。それが、特記仕様書で「手抜き工事」を「工事監理者による仕様変更の承認」で処理することにした。手抜き工事で損をする発注者は公共団体、即ち、政治家と官僚に押さえられた納税者である。
「工事請負契約額」と「設計図書」の矛盾
欧米の建築設計業務は、設計によって使用する材料と施工方法と施工技能を特定する業務とされ、建築工事に使用する材料と労務内容は、施工者が行なう「工事費見積もり」段階で特定するため、工事内訳明細書は設計圖書より優先する請負契約書の一部とされている。工事内容を特定する方法は、実施設計で明確にし、建設業者が実施設計通りの材料と工法を購入する材料費及び労務費として特定する他に方法はない。そのため、建築主は、「入札」や「工事費見積合わせ」によって工事業者を決める場合、施工者が工事内容を具体的に確定させるため、建築主に設計内容(設計図書)の説明を求めることになる。
建築主は施工者の実施設計に関する工事内容の説明要求に応えるため、米国では、建築主は設計者に、施工者の質問に応えて設計内容を具体的に説明することを義務付けている。その設計内容の説明書をもとに施工者が作成した工事費内訳明細書は、「設計内容を金銭で表示したもの」で、実施設計の施工方法に関する質疑応答書(議事録)も工事請負契約書の正式書類とされる。しかし、わが国の場合、実際の工事内容を確定する上で契約当事者が最優先にすることは、工事請負契約総額と設計図書(代願設計)との2つである。工事請負契約額と設計図書(代願設計)は相互に矛盾することはないと見做され、それを前提に工事請負契約が締結されている。
工事請負契約を変更する場合以外に、一旦決定したら工事請負契約額と設計図書とは変更しないことは、米国の工事請負契約の考え方を踏襲してきた。しかし、わが国の工事請負契約額は、「材工一式」の略算単価で計算した概算工事費であり、工事費見積もりの前提になっている設計図書は、「代願設計」であって、建築士法及び建設業法で規定する実施設計ではない。実施設計ではない曖昧な代願設計と略算のための「材工一式」の複合単価による概算工事見積額による不確かなものを「変更できない契約の絶対条件」と建設業法上見なした結果、わが国の工事請負契約が理屈に合わない事態に迷い込んだ。
重層下請け構造を前提とした建設業
設計図書の記載内容で不明確な部分を明確化する役割は設計・工事監理者とされ、工事業者はその判断に従わなければならない。そこでわが国では請負工事が工事請負契約額でできないときは、その工事請負契約額に収まるよう、重層下請け構造を使って「下請け叩き」をおこない、請負工事費を工事請負契約額まで引き下げることを原則としてきた。その背景には公共事業単価は、重層下請けを行なえる余裕を予算上予め見込んであった直轄事業時代の政府の認識であった。しかし、重層下請け構造を使った建設工事費の切下げが不可能になったとき、それを可能にする方法が開発された。
設計図書と工事請負契約額はいずれも変更できない工事請負契約の原則を守って、元請けと下請けの関係を利用した企業間の「貸し借り」や、別の工事を巻き込んで工事費調整を「貸し借り」に利用することが行なわれ、それが企業グループの結束を高めてきた。しかし、企業間の支配関係が弱くなり、「企業間の貸し借り」はできなくなり、代わって、材料と労務内容(工事内容)を変更することはやむを得ないと考えられてきた。欧米の公共事業と比較すれば明らかなとおり、わが国の公共事業は政治家、官僚、建設業が重層下請け構造に集って粗利を正当利益として奪い、その粗利を建設業界の賛助会費としてキックバックさせ、政治家への政治献金や官僚OBの天下り人件費として利用してきた。
公共事業における腐敗構造を建設官僚は「公共事業福祉」とも、「建設業福祉」と呼び、建設業界が政治家と官僚と協力して共存共栄する仕組みと言ってきた。わが国の公共事業費は欧米の2倍以上になっている事実に、わが国では戦後の経済政策として国民の経済活動が疲弊し公共事業に依存する状況にあった。その状況を見て、米国政府は日本政府に、米国が世界恐慌後に行ったニューディール政策と同じ財政誘導による経済政策を指導し、戦災復興から経済成長政策を進める公共事業を、重層下請けで仕事を分配し官民が公共事業に依存する運命共同体として共存共栄する途がわが国のケインズ経済学を取り入れた公共事業政策であるとする共通理解が政治・行政・産業界で形成された。
わが国ケインズ経済による経済政策:公共事業
かつては、建設省、運輸省、農林水産省と言う公共事業3省が、現在の国土交通省と農水省とが所管する建設業法施行の基本は公共事業である。現在では、建設業の枠を超えた建設サービス業とされ、建設業法の歪みをさらに拡大する方向に向かっている。建設業に関する行政では、請負契約額を維持するために材料の品質と労務内容を引き下げることも、現在の公共工事を既存の重層下請けの建設業で行なうためにはやむをえないとされてきた。品質を引き下げることは「手抜き工事」を容認することになる。
「財政によって有効需要を生み出し、それが経済活動を起動させる」というケインズが米国の世界恐慌後の経済政策でとった方法が、戦後の日本の戦後復興において官僚が財政計画で経済政策の基本にしたことに取り入れられたが、やがて、政治家と官僚とが手を組んでケインズ経済学を自らの利益のために使い始めることになり、国民不在の護送船団を生み出すことになった。政治家と関る要は国民の奉仕者である基本倫理に縛られている筈であるが、その倫理規制を掻い潜って私益を正当化する方向に政治行政を支配してきた。田中角栄による金権政治はその一つの行き着くところであった。
実質的には品質を落とし公共事業関係者に分配するお金を分配しながら、社会に向けて「品質を落とさない建前」を維持する方法が考案された。それが、工事監理者による「同等品の承認」を明記した「特記仕様書」を工事請負契約書に取り入れる方法であった。それは請負契約書である設計図書で定めた工事品質を変更しながら、工事契約内容を変更していないと「欺罔」することを、正当化する特記仕様書を正式文書に加える扱いが、建設業法を所管する建設省よって生み出され、国土交通省に引き継がれることになった。その不正な取り扱いは会計検査院がその扱いを会計検査上正当な扱いと認めたことで、公共事業全体に不正が行き渡ることになった。その見返りに、会計検査院OBは公共事業関連組織に雇用されてきた。
(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)