HICPMメールマガジン第789号(2018.08.08)
みなさんこんにちは
住宅設計は消費者の住宅要求に実現するための手段であるが、わが国では住宅設計を「夢の実現」と言い、商業的な目先の営業の対象業務として扱われてきた。欧米では住宅の品質(デザイン、機能、性能)は同じでも、住宅購買能力に合わせて「松(カスタム)・竹(スタンダード)・梅(バジェット)」の価格の違った住宅を建設することができることが住宅産業界の常識になっている。住宅購入者の支払い能力に見合った住宅を建設することが重視されている。住宅の品質は同じでも、その販売価格は違うことが、社会的常識になっている。なぜ価格が違うかと言えば、住宅の価値自体に違いがあるからである。その価格の違いは住宅に使用する材料と工法の違いに依っている。欧米では住宅の販売価格に合った材料と工法を使用するバランスの取れた設計が重視されて、「一点豪華」の仕様は採用されない。
欧米のホームプランシステムの利用は、欧米の住宅設計の仕方を最も解かり易く示している。ホームプランシステムは、最初に消費者にその要求に合った住宅の品質(デザイン、機能、性能)を選択させ、その後、住宅購入者の購入能力に合わせて「松・竹・梅」の仕様を選択することになる。住宅設計は、その販売価格に見合ったバランスの取れた材料と工法を選ぶことが一般的で、わが国のように住宅の価格に不釣り合いな高級な材料や工法を使うことは、建築主の品性や設計者の設計能力が疑われるので、一般的にはバランスの悪い設計は行われない。均衡の取れた材料と工法の採用することが、その住宅所有者の人格評価に当たって、バランスの取れた人物として評価される。そのため建築の実施設計者は、材料と工法に関する材料及び工法の工事費用と住宅品質の関係に神経質な評価をしている。
神戸市住宅供給公社がシアトルとバンクーバーと共同で開発したS・V(シアトル・バンクーバー)ビレッジで、使用材料を決定するに当たり、神戸市の住宅部局の高級職員がシアトルとバンクーバーに出張して、主要な建材を選択した。同行した米国やカナダの住宅関係者は、日本から材料選択のために出向いた高級職員が、住宅の販売価格と無関係に高級建材を選択した方法を見て驚いた。S/Vヴィレッジは、米国カナダの庶民住宅である。しかし、ドアーや窓材は高級材料が選ばれた。北米の常識ではありえない高級建材を選択したからである。わが国は住宅設計技術まで来ていないだけではなく材料設計を住宅価格との関係で行なうことができていなかった。住宅設計施工の業務は住宅の完成引き渡しで終わってしまい、その住宅が人々によって維持管理することは含まれていなかったことが暴露された。
欧米では住環境が居住者の社会的属性に適合していることが重視され、住宅の取引価格と住宅に使用されている材料・工法の費用とはバランスが取れている。住宅の取引価格は、居住者の社会階層は所得と関係しており、人びとが「わが家」、「わが街」、「わが町」と感じる最も大きな要素は居住者の所得と関係の深い社会階層に対応した住環境である。街並み景観から浮き上がった目立った居住者にとって帰属意識の高い住宅は高い需要に支えられるが、目立つ住宅は、決して高い評価を受けない。わが国では住宅は売却時に、できるだけ高い価格で販売する「フローの住宅」政策が、一過性の「差別化」政策として行なわれていて、住宅が常時高い需要に支持される「ストックの住宅」政策が行なわれていない。
第25回 目先の設計か、時代を超えた設計か(MM第789号)
わが国の政府施策住宅は、戦後のGDPを最大にする経済政策を構成する住宅政策によって実施されてきた。そのため、住宅政策とそれに対応した建築教育は、欧米と類似のものであると説明されてきたが、その本質は住宅産業政策で、消費者のためではなかった。欧米と同じような住宅政策が行なわれてきたと政府によって信じ込まされてきたが、戦後70年を経過して欧米の住宅政策の下で建設されてきた住宅環境とわが国の住宅政策と住宅環境とを比較するとその乖離は極めて大きくなっている。住宅を取得して資産形成ができている欧米と資産を失っている日本との乖離は、比較できないほどになっている。
日本の戦後の住宅政策と住宅地開発
私自身が半世紀前、住宅官僚になり建設省住宅局住宅建設課に配属された。そこでは不燃都市国家建設のため木造建築を排斥し、鉄筋コンクリート造共同住宅を建設する政策を進めるべく、建設省自身が標準設計を作成し、それを全国に普及する仕事を担当した。その7年前の1955年日本住宅公団が創設され、鉄筋コンクリート造共同住宅を中心に建設する住宅団地づくりが、英国のロンドンの戦災復興の経験に立った都市燃化政策と、戦後の住宅難時代に資産として公営住宅を形成する政策に倣う政策と説明して戦後の住宅政策が始められた。アトリー労働党内閣がエベネザー・ハワードの「ガーデンシティ」の理論を「ニュータウン政策」と公営住宅政策に倣って、わが国で公営住宅団地建設が進められた。
第2次世界大戦終結前に内務省は英国における戦後の住宅都市政策の情報を入手し、戦後の国家の都市復興政策として英国に倣う政策の検討を始めていた。それは一部の住宅官僚が中心となり英国の情報を集め取り組んだ意欲的なものであった。GHQの占領政策の基でも建設省住宅局では鎌田住宅建設課長の下で英国政府が発行した住宅要覧(ハウジングマニュアル)の翻訳が、公営住宅制度のために住宅建設課を挙げて取り組み、それが戦後の公営住宅政策や、ニュータウン事業として実施された。私が配属された住宅建設課には翻訳された「住宅要覧」がロッカーに一杯貯蔵され、当時の尚住宅建設課長からは、「公営住宅技術で解からないことは住宅要覧で調べろ」と指示されたので、英国と同じ公営住宅政策を行なった気持ちで、毎日の公営住宅の設計や家賃決定業務を実施していた。
占領政策の下で日本全体が米軍の兵站基地とされ、1946年の平和憲法制定し、財閥解体が決定された。1952年朝鮮戦争が突如勃発し財閥解体は中止され、米軍のために軍需産業が復興された。その軍需産業労働者向け住宅を、住宅金融公庫を設立して始められた。わが国の住宅政策は英国の公営住宅制度を取り入れ、軍需産業の下請け産業で働く低所得者向け住宅を地方公共団体に供給させた。公営住宅の大量供給のための団地建設を、英国のハーローニュータウンをモデルに千里ニュータウンが開発された。政府は建設省の技術者を英国に派遣し、「近隣住区論」による団地開発技法をわが国の団地計画に取り入れた。しかし、住宅官僚たちは欧米のような人文科学教育を受けておらず、英国からの技術移転は、大規模団地開発技術として導入し、住宅地経営技術を導入するものではなかった。
標準建設費で建設できる設計図書の検収業務
わが国の鉄筋コンクリート造住宅は、1960年当時、木造住宅の2倍以上の工事費であった。公営住宅入居者の所得に合わせるため、外壁面積を最小にするため階高を押さえ、凹凸をなくし使用材料を最小限化する工夫をした。新しい鉄筋コンクリート造共同住宅が、新しい時代を象徴するような住宅であるためには、デザインが重要であると考えられ、わが国で最も優秀な建築家が集まっているとされた日本建築家協会の全面的協力を受け、協会が推薦する建築家に設計を依頼した。建築家協会会員が作成した鉄筋コンクリート造4階建て共同住宅が、公営住宅の標準設計費で建設されなければ事業主体となる地方公共団体で利用できない。そこで、標準設計の発注者である住宅建設課は、納品された設計圖書の検収業務として、発注通りの標準建設費でできる標準設計であるために、工事費見積もりを検討した。
建築家協会の設計者は建築設計の専門家の筈であったが、欧米の建築家のような建築設計の専門教育訓練を受けたわけではなく、当時進駐軍施設の工事監理を受託し、見よう見まねで欧米の建築設計を経験した程度でしかなかった。作成された設計図書を基に鉄筋コンクリートの容量を計算し、それに「材工一式」の概算単価を乗じて建設工事費を計算した。設計図書自体が代願設計で、精度の高い工事費見積もりのできる実施設計ではなかった。建設省の標準設計の研修を行なう担当者も、専門の建築設計の経験はなく、見積もりの仕方自体も確立してはおらず、それぞれのやり方で材料の数量を計算した。すべてが略算〈概算〉で、重層下請け構造を利用して下請け叩きで可能とする工事費を決定した。
その当時、住宅生産工業化政策の一環として、公共住宅に使用していた住宅部品を工業化した公共住宅用規格部品制度(KJ)に整備する業務を私が担当していた。KJ部品は一定品質の住宅用部品を公共住宅で採用する条件で、公共住宅の品質改善とコストカットを行なった部品を供給した。KJ部品としては、ステンレス流し、衛生陶器、スチールサッシ、換気扇、スチールドア、フラッシュドア、などで、公団住宅需要を基礎需要として、公営住宅、公社住宅が公団仕様に倣い、公共住宅仕様を決め、公共住宅需要量の買い上げ割り付けとの関係で、価格を決めた。公営住宅の標準設計には、KJ部品の使用を前提に設計を行う条件にしていた。品質仕様と販売価格とを一体的に決める「KJ(公共住宅用規格部品制度」は初期の公共住宅の品質向上に大きく寄与した。やがて利権が政治家や官僚支配と関係するようになり、KJ制度は利権化を回避するため廃止され、品質と価格を切り離したBL部品になった。
コストカットのための設計変更
標準建設費内に工事費を収めるために壁や床の厚さや天井高さを圧縮し、8cm厚の床や、2.25mの天井高さの共同住宅も設計された。これらの設計は、基本的に施工の現実を知らずコストカットのために材料を最小限にするために、設計図書を徹底的に検討したもので、国民の資産として考える住宅とは言えなかった。そのとき工事費の積算と見積もり作業を行なったが、有名建築家たちは工事見積もりを厳しく行える実施設計が作成できず、建築士自身の作成した実施設計で工事費見積もりができないことを知らされた。日本の設計教育は代願設計作成の技術教育で、基本設計も実施設計もなく、工事費との関係の設計教育は行なっていなかった。それがわが国を代表する建築家協会会員の業務実態であった。その後、半世紀を経過し、その状況は改善されていない
その理由は、学校教育で社会が求めている住宅を設計する教育をしていなければ、設計した住宅を予定された価格で造るために取り組むべき教育はされていなかった。例えば建築構造のスケルトンだけをつくり、居住者が内装や住宅設備を整備し居住者が未完成住宅を入居者が入居後、生活要求に合わせて育てる日本以外の国では一般的な住宅のアイデァは、出されても実行に移されることはなかった。それは設計に当たって「基本コンセプト」が作成され、居住者と共に成長することがなく、住宅を建築主の要求を満足させる完成品として販売する価格本位の設計業務が行われてきたためである。
その同時代に建てられた欧米の住宅は、入居後も増改築を繰り返して新築と変わりなく使われているが、わが国ではすべて完成品のスクラップ・アンド・ビルドで対応されてきた。鉄筋コンクリート造住宅の物理的寿命は70年とも、最近では30年とも言われている。欧米では計画修繕と善良な維持管理をする住宅には耐用年数は無限と考えられている。わが国のように「ストックの住宅」を粗末にする国は、日本以外にはない。日本住宅公団が団地を開発し、特に日本最大の多摩ニュータウンを開発したときには、いつまでも国民の憧れの住宅地であり続けるものがつくられている説明され、そのように信じ込まされてきた。私自身その多摩ニュータウンに四半世紀生活し、建設当時のマンションの資産に対する期待は失われ、衰退化の道を駆け落ちている住宅だけではなく。小・中学校は閉校が相次ぎ、空き家は増加し、多摩ニュータウンの周囲には墓地だけが盛んに開発を続けている。
ハーローニュータウンと千里ニュータウン
わが国最初のニュータウンは、建設省が英国に技術官僚を派遣し、大阪の千里ニュータウンで大阪府企業局が開発した住宅である。その直接のモデルとなった英国のハーローニュータウンには、東大、京大の学者・研究者も派遣され、わが国でのニュータウンモデルにしたハーローニュータウンの住宅地計画を真似た道路計画が作成され、近隣住区理論による住宅地のグルーピングが行われた。しかし、千里ニュータウンは衰退し建て替えられたが、そのモデルになったハーローニュータウンの住宅は資産価値が上昇し続けている。ハーローと千里を比較したら、日英の住宅地開発技術の差の大きさが分かる。
ハーローニュータウンは熟成した豊かな住宅地となり、住宅を購入した人の資産形成に寄与しているが、千里ニュータウンの計画は失敗し、スクラップ・アンド・ビルドを繰り返し、都市を衰退させ、住宅購入者を貧困化させた。その違いの大きさに驚かされる。日本と欧米の住宅とニュータウンの違いは、それらを設計し建設する設計の考え方、施工の技術、住宅地を経営管理する技術の違いのすべてにあるが、基本は住環境設計の思想を実現する人文科学教育と工学教育の違いの差異にある。
戦後70余年経過して欧米では、ニュータウンを住宅・建築・都市を過去・現在・未来と成長発展する自治体と捉えて成長熟成させてきたが、わが国ではニュータウンを大規模宅地造成として計画し、設計施工し、住宅の大量供給のための行き当たりばったりの技術開発に追われてきた。基本的な設計・経営理論を学ばず、行き当たりバッタリのスクラップ・アンド・ビルドを繰り返してきた。その結果、公共住宅団地を詰め込んだ千里ニュータウンと、一つの自治体として住宅地経営が行われているハーローニュータウンとの比較は、住宅によって国民を豊かにしてきた英国と、その逆に、住宅により国民を貧しくしてきた日本の住宅産業環境を見ると、英国とは逆の環境がつくられていることが解かる。
文部科学省と国土交通省の行政責任
住宅・建築・都市環境はそれを計画し設計する技術者の能力と、設計図書を使って建設する建設業者の能力によって、つくられる環境形成と環境の維持管理が左右される。物づくりは、建築主の意向と設計者及び施工者の設計と施工を如何に合理的に行うかの能力によって、造られるものも、造られたものの利用の仕方により、その効用は違ってくる。設計・施工と維持管理との関係する技術者の学識経験と能力とその業務を行政的に管理することにより、造られる物は違い、造られた物により、消費者に提供する利益は違ってくる。文部科学省と国土交通省とは、環境の設計施工・管理の技術者の養成と業務を管理する行政機関であるが、果たして2つの行政機関とその行政の下で大学の建築教育と卒業生たちは、その教育目的に適合した機能を果たしてきたと言えるだろうか。
学校教育に責任を持つべき文部科学省は、日本の建築生産に関係する技術者の工学教育が、欧米の人文科学としての建築教育とは似て非なるもので、建築生産に多くの社会問題を生み出していることを知る立場にある。文部科学省とその監督下にある大学は、その教育の間違いを糾そうとせず、学生に間違った住宅・建築・都市設計をさせ、大きな誤りが建築士制度に露見しているが、その教育の改善が取り組まれていない。日本以外の国では、住宅を購入することで資産形成ができているのは、設計教育として歴史文化に根付いた設計教育が行われ、そのような住宅地環境が経営管理されているからである。
国土交通省が認めているように、わが国では国民が住宅を購入することで大きな損失を被っていることの原因は、建築士の住宅設計技術に重大な欠陥があるにも拘らず、それを改善せず、国民が住宅を購入することで資産を失う建築教育が行われてきた結果、国民に重大な損失を与えてきた。建築教育のうち、建築設計の学識が資産形成の基本であり、建設工事の経営管理技術が、経済合理的に住宅を生産する技術の基本である。わが国の大学での建築教育では人文科学としての基本設計も、建設工学としての実施設計教育も、建設業経営管理教育も、住宅の設計・施工の基本的教育が行われていない。
米国の基本コンセプトと基本設計とわが国の基本設計
欧米では、土地と住宅とは一体不可分で、建築物は土地を加工した恒久的な資産と考えている。住宅・建築・都市設計は、土地利用として、土地の将来を見通して具体的に建設する設計図書を作成することである。そして、建築設計と合わせて設計図書通りに工事がなされている工事監理をする技術者を教育している。住宅を設計する場合、建築主が帰属意識をもてる住宅を家計支出で購入でき、家族とともに成長するために、住環境の過去・現在・未来を一貫して貫く「基本コンセプト」を設計圖書の作成に先立って作成する。「基本コンセプト」として重視すべきことは、開発計画が歴史文化的な視点で行われることと、そこに居住者の社会的属性や経済的な費用負担能力との対応である。
それはわが国の「フローの住宅」で取り組まれている販売目標(ターゲット)とは基本的に違っている。「フローの住宅」の経営は、顧客確保とできるだけ高額な販売の成約のできる経営を優れた業務と考え、住宅引き渡し以降の住宅環境のことや住宅の維持管理のことは、設計段階では基本的に全く考えていない。一方、欧米の「ストックの住宅」の経営は、住宅購入者がその住宅地で生活することから住宅地経営は始まると考え、住宅地経営により住宅資産価値は向上し、それを売却しなければならないときは、購入時の投資額に通常の投資以上の資産価値増(キャピタルゲイン)が期待している。
わが国の建築教育では、基本設計を行うための「基本コンセプト」をまとめる作業はなく、過去・現在・未来の連続性をもった時間軸の中で「ストーリー」と「ヴィジョニング」を考えることもしない。建築主の目先の要求を設計条件に整理し、基本設計は目先の具体的な家族の欲望の実現が盛り沢山の建築主の要求になって出され、建築主の要求に応える設計が基本設計として取り組まれる。一方、欧米では、基本コンセプトを作成し、「ストーリー」と「ヴィジョニング」を検討作成する過程で、設計の基本的な軌道(ロードマップ)が造られ、建築主の要求は、その大きな軌道の上での基本設計条件とされる。基本設計が取り纏められることで、創造活動としての設計業務は完了する。
HICPMの開発したサステイナブルハウスの4条件と実施設計
HICPMが2000年に開始した「サステイナブルハウス」の設計の「基本コンセプト」は、米国のNAHB(全米ホームビルダーズ協会)とカナダのCMHC(カナダ住宅抵当金融住宅公団)が21世紀に向けて取り組んできた目標、「ホーム2000」と「21世紀のタウンハウス」を学び、そこで検討された成果を、日本にも取り入れるべき4つのコンセプトとして整理した。それはサステイナブルハウスの立地条件と居住者の条件をものにした「ストーリー」と「ヴィジョニング」を作成するときの指針で、以下の「サステイナブルハウスの4要素」で構成されている。
- 住宅購入者の家計費の支払い能力で購入できること(アフォーダブル)
- 住宅の資産価値が維持向上し、購入時より高く売却できること(ヴァリュアブル)
- 家族の成長や変化に対応して満足できる生活環境であること(フレキシブル)
- 安全で衛生的で維持管理費がかからず地球環境にやさしいこと(グリーン)
住宅設計に当たっては「基本コンセプト」を定め、この4要素に建築主の希望事項を取り入れて「ストーリー」と「ヴィジョニング」が作成され、それを基に基本設計条件を取りまとめることになる。基本設計条件は、建築主との合意を得たのち基本設計業務が始められ、基本設計の成果は基本設計条件と照合確認され検収され実施設計に取り掛かることになる。この際、最重要な条件は住宅購入者の支払い能力で購入できる価格で建設できる材料と労務を特定した住宅の実施設計を作成することである。
米国の建築家の中には、基本設計(マスタープラン)までの設計業務しか行わず、その後は優秀な実施設計(インプレメンテーション・デザイン)の知識と豊かな経験を持つドラフトマンに作製させる場合が多い。建築家(アーキテクト)がドラフトマンに基本設計を与え、ドラフトマンの主体的な設計業務として実施設計が基本設計どおりに作成される業務を監理して作成させる。実施設計では基本設計に基づき材料と工法を特定させ、工事が確実に実施できる設計圖書を作成する。建築家が実施設計まで行なうことも、一般的には行われているが、実施設計の目的は、基本設計を確実に工事として実現する実施設計図書を作成することであるから、工事実施の材料と施工知識が不可欠である。
米国の工事施工と実施設計
施工業者は工事費の見積もりを行なう場合、建築主に実施設計を基にした工事内容を質問し、それらを理解して工事費を見積もることになる。その際、建築主は設計者を工事業者への説明会に立ち会わせ、実施設計内容を施工者に説明させる。そのときの質疑応答は、工事見積書(工事費内訳明細書)と一体に工事請負契約書の正式書類となり、その内容は設計図書をより具体化したものとして、工事請負契約書上、設計図書より優先する資料と扱われる。
設計図書の内容を、お金で確定させたものが工事費内訳明細書である。設計行為を行なうべき工事内容を材料と施工方法で特定(ディファイン:定義)することとを、米国では実施設計業務と言っている。設計教育は大学の建築学(アーキテクチュアー)教育でも行うが、建設工学(シビルエンジニアリング)教育である。実施設計業務自体は創作的な業務はなく、基本設計で決められた設計を確実に工事に結び付ける技術と説明されている。その業務を専門に行う技術者をドラフトマンといい、設計図に記載する文字にまでこだわる経験と熟練に磨かれた職人技をもっている。
わが国では設計条件を骨格として取りまとめた概略設計(欧米ではエスキース、下絵)を基本設計言い、それをもとに代願設計を実施設計と呼んで始められる。欧米の基本設計と実施設計とはそれぞれの設計条件も設計目的も違う。欧米では、「基本設計は創作的業務」と「実施設計は実務的業」と明確にされ、わが国の代願設計は建築基準法例に適合する説明書で、設計図書ではない。わが国では代願設計を設計図書と扱うことは建築士法上も建設業法上も認めていないが、事実上認めている。
欧米では、工事施工は実施設計に基づいて建設工事業者が行なう。その中で住宅を専門におこなう建設工事業者をホームビルダーと言う。ホームビルダーは工事施工を行う業者であるが、設計を行なう専門業者ではない。しかし、建築主が優れたデザインの住宅を建築家に設計を依頼しないで建築する方法として、現在ではホームプランを使った設計が行われている。そこでは設計業務はホームプランで実施されている。その設計業務費は、ホームプランの代金の中で印税方式で支払われている。
「NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)
(8月8日、MM第789号)