グリークリバイバル様式

グリーク(ギリシャ) 建築として、 現代世界に伝えられているものの殆んど全てが神殿建築である。 ギリシャ人はこのような神殿建築に生活していたわけではない。 ギリシャ建築を代表する最も卓越したデザインが神殿建築であった。 すべての建築様式に共通するものは、それらの建築様式が生まれた時代の、社会における最も支配的な人々のための建築様式が、 後世に、 その時代を代表する建築様式として伝えられていることである。 それは洋の東西を問わず共通しており、 寝殿造り(平安貴族)、書院造り/武家造り(武家社会)、 数奇屋造り(御用商人)、近代建築(明治ブルジョワジー)というように、経済的 ・ 政治的に最も力を持った者の好む建築様式が、その時代を代表する文化として後世に継承されてゆく。 グリークリバイバル様式は、 それまで英国から伝えられた古代ローマ文化からのルネッサンス(古代ローマ文化への復興) の流れではなく、古代ローマ文化よりも、 もっと古い歴史を持つ古代ギリシャ文化という全く新鮮な文化を、米国の理想とするデモクラシー(民主主義) のデザインとして受け入れられたものである。


ニコラス ・ ビドルの邸宅 ペンシルパニア州フィラデルフィア近郊アンダルシアに建つ、 ニコラス ・ ビドル邸。ペンジャミン ・ ラトローブ邸に、 1833〜1841年 、 トーマス・U ・ ウォルターがグリークリパイバル様式を付け加えたもの。 このドーリア・オーダーを用いて建てられた住宅は、 アメリカにおける最も著名なグリークリバイパル様式住宅のひとつ

ニコラス ・ ビドルの邸宅 ペンシルパニア州フィラデルフィア近郊アンダルシアに建つ、 ニコラス ・ ビドル邸。ペンジャミン ・ ラトローブ邸に、 1833〜1841年 、 トーマス・U ・ ウォルターがグリークリパイバル様式を付け加えたもの。 このドーリア・オーダーを用いて建てられた住宅は、 アメリカにおける最も著名なグリークリバイパル様式住宅のひとつ

「風と共に去りぬ」のガラの邸宅

「風と共に去りぬ」のガラの邸宅


米国の中で最も古くから、 経済的自由を求める人々の手で拓かれ、後背地に大農園を持つ都市がサウスキャロライナ州のチャールストンである。 この町には、 多くの人々が古くから定住して、米国が英国の植民地下におかれた時代にも、英国王の直轄領として経営されたほど、経済活動の枢要な地として繁栄した。 そのため、 チャールストンには古くから大学、 図書館、 博物館など優れた文化施設と並んで優れた邸宅が建設され、 チャールストンが経済の中枢的活動拠点から外れてからは、 全米最大の亜熱帯リゾート地として、サンフランシスコ、 ニューオリンズと並び全米3大人気都市として、 高い評価を受けてきた。

このチャールストンには、 驚くほどたくさんのグリークリバイバル様式の建築がある。チャールストンは、亜熱帯にあるため、 通風と採光、 眺望が重視され、 南北に走る道路に面してファサードを持ち、 南側にピアザと呼ばれるダブルデッキのポーチを持つ住宅、シングルハウスが圧倒的に多い。 その片側の道路に面して、 グリークリバイバル様式の神殿正面のファサードを取り付けた例や、ピアザにグリークリバイバル様式を採り入れたものまで様々なデザインがみられる。

南に面して設けられた庭園につくられたギリシャコリント様式の柱列

南に面して設けられた庭園につくられたギリシャコリント様式の柱列

道路に面してつくられたイオニア様式の柱列

道路に面してつくられたイオニア様式の柱列

道路に面してつくられたコリント様式の柱列

道路に面してつくられたコリント様式の柱列


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