第244回(2007年12月26日) みなさん、こんにちは。 12月22日、重要文化財「銅御殿」に出掛けて、その見学調査後に「危険な高層マンション建設にどのような対応ができるか」と言う市民集会があり、そこで「景観市民ネットの会」副代表の大西さんの依頼で、都市計画法とその考え方の説明をすることになりました。私自身、「銅御殿」についての情報は少なくよく分かりませんでした。しかし、当主の大谷さん自らが「銅御殿」の内部をご案内していただけるということで、事前にできる限りの情報を集め予習をして、説明の機会にできるだけ確かめられるように準備しました。 資料を読めば読むほど、重い歴史と文化、建築主と棟梁の「銅御殿」に対する思いの大きさや深さ、こだわりに引き込まれていく思いでした。それだけに「銅御殿」の見学は、とても楽しみで、当日は大西さんとの待ち合わせよりも1時間も早く着き、周辺を行ったり来たりして環境を調べておりました。ランチを取りながらも資料を確認するなど期待を膨らませながら「銅御殿」に出掛けました。 集合場所の「銅御殿」の門前へは予定よりも早く着きましたが、そこにはすでに守る会の稲葉さん他、東大赤門前でも同じような問題に取り組んでいるという守る会の会長他数人の方が参集していらっしゃいました。早々に中にいれていただき、玄関では当主の大谷さんのお出迎えを受け、応接室で簡単な説明をしていただきました。 大谷さんの説明の後に、私が都市計画法の話しをすることになっていたのですが、時間が残り少なくなっていたため、見学を先にすることになりました。しかし、そこでの重要文化財は大変粗末な扱いしかされていなく、重要文化財と呼ばれるものの様子を、これほど悔しい思いで見たことはありません。これまでの私が見学した重要文化財は何れも公開されて人々に見られるようになっていたため綺麗にされていました。 一般には文化財といっても、その管理費用は、持主の全額負担のため、重要文化財は持主に大きな負担になっているのです。「銅御殿」は、その財産の重さに対応して管理費も大きく、国宝でもないかぎり国家はなにも援助はしないようで、大谷さんの負担は想像に余りあるもののようでした。 15分程の概要説明の後で、大谷さんの案内と解説で「銅御殿」の邸内ツアーが始まりました。大谷さんは、建築の専門化ではなく、また建築文化についての造詣をお持ちと言うわけではありません。それにも拘らず、この建築が持っている大きな文化的価値を信じて、何とかその文化を守ろうとされている姿勢には頭が下がる思いでした。 大谷さんは、これまで耳学問で覚えておられることを一生懸命説明してくださいましたが、たぶん多くの方は、骨董品や考古学的な博物品でも見るような反応しかできなかったようでした。建築自体の面白さや楽しさを想像できなく、珍しさや使われている個々の技術の高さに驚く、といった見学になっていたと思います。 もし、私も事前に資料を見ていなかったら、その管理の貧しさのために沢山の宝を正しく見ることができなかったかもしれません。しかし、事前に資料を読み準備をしていたため、それを確かめようと目を凝らしてみると、これは並大抵なものではないということが見えてきました。 ワシントンアービングが「アルハンブラ物語」を書いていますが、私は「銅御殿」の中を歩きながら、「もし、アービングがここに逗留して、この建物にまつわる物語を聞いていたら」とふと考えてしまいました。アービングなら、荒れ果てた「銅御殿」にまつわるかつての栄光を掘り起こし、それを「銅御殿物語」にまとめてくれるのではないだろうかと。そんなことができたら、「銅御殿」は一挙に世界の文化人の関心を集め、文化財復元事業が始まるきっかけになるかもしれないと思いました。 「アルハンブラ物語」は、爛熟した中世イスラムの癒しのデザインとして、19世紀末、文芸復興のガウデイのモダニスモに大きな影響を与えることになりました。「アルハンブラ物語」は、JFKの目にとまりその座右の図書に採り入れられ、岩波文庫の中には「アービングの目で見たに違いない」と思われるような挿絵のある本もあり、私達もJFKと同じ感激を味わうことができます。しかし、普通の人が見ればアルハンブラ宮殿は単なる廃屋であったわけで、今私達が見ることのできるエキサィテングな空間ではなかったのです。「銅御殿」は、そんなことを私に連想させるほど、荒廃した部屋を巡りながらも、その中に隠されている宝の片鱗に大きな感激を覚えました。 今、「銅御殿物語」として、私達文化的な知識や造詣の貧しい者には、当時の人が喜んだその空間を具体的に感じ、理解できるような本が、本当に必要だとつくづく感じました。そして、「銅御殿」文化の面白さ、素晴らしさが理解できる人々が増え、「銅御殿」が建設当時の面影を直接見て感じることで、私たちがアルハンブラ宮殿に足を踏み入れたときの感激と同じものを味わうことができると思います。 「銅御殿」について、その建築主や棟梁について私なりに理解したことを『ビルダーズマガジン 138 号』で紹介し、何故その環境を守るために計画中のマンションが都市計画法に違反すると断定できるかと言う論理を、都市計画法の文理解釈に基づいて説明することにします。 建築のデザインや歴史について研究している人でこの問題に関係する方がたくさんおられますが、「銅御殿」が重要文化財だからとか言う理由ではなく、なぜ重要文化財なのかと言うことを、「銅御殿」が担っているデザインの歴史文化との関係で説明することが求められていると私は思いました。 グローバル研修企画で、今月初めに東京の代表的な優れた近代建築である岩崎邸、古河邸、明日香の宮邸、鳩山邸を見学しました。1月には、横浜の銘建築をラウリマデザインスタジオが手掛けられたデザインとの関係で見学しようと企画しています。歴史と文化を担っている建築こそが、人々に懐かしさを感じさせ大切にされ、人々の宝として長い歴史を生き抜くことができるのです。 これらの建築がどのような歴史と文化を担っているかと言うことを知ることなしには、これらの建築が長い命を維持してきたかの理由を理解することはできません。HICPMは、予てより「画家にはなれなくても画商にはなれる」、「よい画商はよい作品を沢山見て、よいとされる絵画は何故よいとされるか、と言う理由を理詰めで理解することで、その力を高めることができる」と説明してきました。住宅産業人は、住宅という空間文化を扱う人として、住宅が担うデザインという空間文化に精通する必要があります。つまり、住宅産業人は、よい画商に相当する建築デザインを歴史と文化によって評価し理詰めで理解することが求められているのです。実は、グローバル研修企画のデザインツアーの狙いはそこにあるのです。 「銅御殿は、近代日本の数寄屋建築の代表とも言えるもので、岩崎邸や古河邸と比べて全く遜色のない建築であることが必ず建築会でも認められると私は確信しています。それをかつて建築や都市行政に携わったものとして、都市計画行政や建築行政として、憲法第25条の「国家が国民に保障した空間文化」を守るために、これらの法律がどのように「銅御殿」が伝え担ってきた文化を後世に伝え、更に豊かな文化環境を国民が享受できるかに努力することが私にできる仕事ではないかと考えています。 HICPM『ビルダーズマガジン 138 号』2月号は、その1つの理論武装の取り組みの資料ですので、多くの方に読んで頂きご利用頂けたらと思います。 今年のメールマガジンはこれが最後で、1月7日が 2008 年最初のメルマガとなります。 来る1月25日には、ハウジングアンドコミュニテイ財団の第1回研究会が始まりますので、この正月休みにはその準備をしなければと思っています。 本年もメルマガをお読み頂き有難うございました。来年もまた一層の発展の年となることを念じつつ、 HICPM への力強い応援を宜しくお願い致します。 よい年をお迎え下さい。 |