NPO 法人住宅生産性研究会(HICPM)メールマガジン第732号(2017.08.07)
HICPMメールマガジン第732号(2021.08.07)
みなさんこんにちは
昨日は原爆投下72年目で、毎年のように被爆者の心を感じることができました。今回はIT技術を使って当時の広島で生活していた人たちの行動を解析したもので、被爆者が絵画で記録した歴史証言で大きな悲しみをやりきれない気持ちで経験することができました。
今回は「注文住宅」の6回目です。
住宅設計者の学識経験の重要性
住宅設計者の学識経験が設計能力を決めており、建築士であれば摂家ができるわけではありません。設計に当たって最も重要なことは住宅購入者の支払い能力に見合った住宅が建てられるかということで、そのカギは土地の高密度開発の技術です。
住宅地高密度開発デザイン
住宅を所有する建築主の利益のために計画すべきことは、住宅地全体として優れた住環境形成です。優れた環境を狭小宅地で実現するためには、住環境設計に対応した環境管理ルールを作成し、環境を維持管理するルールどおりに環境管理をすれば可能になります。その業務こそ、この地区で仕事をする住宅設計・施工関係者が取り組むべき仕事です。そのシステムを活用するためには日本の建築基準法のモデルになっている米国の建築と都市の法規に関する知識とその使い方の技術を知っておくことが必要になります。第2次世界大戦がわが国にやってきた多くの米国人技術者には、1929年の世界恐慌を経験し、その経験を日本に生かしたいと考えていた優れた能力と精神を持っていた人がたくさんいました。現在カリフォルニアで広く取り組まれているCIDも同じ考え方に立つ取り組みです。建築主は地区を単位に団体(HOA)を設立し、住宅地経営をすることを前提に、住宅資産形成を図る方法に取り組めば、共同化することにより優れた住宅地環境形成が可能になります。
わが国の現在の問題は、何が問題か、その問題化解決に必要な技術は何か、その技術を持っている人はだれか、その技術を使うことでどのような利益が得られるか、が分からないということです。
技術と技術報酬
当然、住宅設計は個々の住宅ごとに固有の敷地を加工して、前例のない条件の下で創造的業務の住宅設計を行なうわけですから、設計業務にはその作業に見合った設計技能力が必要です。設計者は自分の力で不十分と判断したときには、その業務に必要な能力を外部から雇うこと(アウト・ソーシング)も必要になります。その場合は、建築主に協力者が必要なことを説明し、協力を求めることの了解を求めて作業を行うことになります。そこでの設計作業に見合った業務報酬が建築家とともに外部からの協力者にも支払われなければなりません。その業務報酬は設計者の業報酬単価に作業時間を乗じた設計業務報酬に、設計事務所経費を加算した額が支払われなければなりません。一般的には設計業務報酬実費と同額の建築士事務所経費を加算した額が設計業務報酬額とされています。建築士法第25条がその根拠規定です。それは米国の設計業務報酬を前提に作られていますが、日本でその業務が行われていません。
建築設計は人文科学的創造業務、デザインのコピーは工学的業務
わが国の場合、設計業務を工事の一部と考える設計・施工一環の考えに建築業界は大きく影響されています。わが国のこれまでの設計料は、建設工事費の一部としての決める方法で、設計内容と無関係に料率算出されたものです。創造的業務は存在しない請負工事の一部としての合理性がありました。明治の近代建築デザインや、時代の流行の模倣は、創作ではなく、既成の西洋建築デザインからの選択です。そのデザインを建築意匠として取り付ける設計要請として指定されたため、設計製図としての製図作業の作業量として決めることもできました。しかし、現在では建築様式デザインと別に、消費者の土地費負担を最小限化するための土地の高度利用を図る創造的な設計が求められています。
街並み設計と建築設計
住宅をどのような建築様式のデザインにするかを、立地の環境を考え、建築の「基本コンセプト」に定め、「ストーリー」と「ヴィジョニング」を作成し、それに基づいて基本設計として建築様式の選択も含んで様式デザイン設計をする場合は、歴史・文化的環境や、建築主の要求や敷地条件を検討して、試行錯誤を繰り返すことになります。その場合には、創作的設計業務量は膨らんでいきます。住宅設計で重要な設計業務は、建築主にとり「わが家」という帰属意識のもてる住宅デザインとする業務と同時に、街並みが「わが街」と意識できる帰属意識のもてるデザインとすることが設計に求められています。そのような基本設計では、相隣関係を考量し、動輪の建築物が相乗効果を上げる工夫が、創造的な作業として必要となります。個々の住宅のファサードのデザインは住宅所有者にとって「わが家」(アワーハウス)を感じる上で重要な関心事ですが、実は街並み景観は住宅所有者が「わが街」(アワーストリート)を感じる上で重要で、欧米の住宅地開発では、個別の住宅のデザインを作成する前に、街並み景観づくりを優先して、そのもとで個別の住宅のデザインが決定されることが一般的です。
帰属意識の抱ける住宅デザイン
多くの住宅が集合して「わが街」(アワーヴィレッジ)が造られるときは、その基本コンセプトで「わが街」や「わが家」のデザインを揃えることが資産価値を高める住宅地づくりではより強く要求されます。それは住宅の資産価値を高めるためには、「わが家」という選択の前に、「わが街」と感じさせることが重要と考えられるからです。そこに並んでいる住宅の街並み景観に惹かれると、「わが街」に住みたいと願い、その後で「わが街」を構成している住宅を購入したいという意識が働くからです。そのため欧米では、住宅地としてのマスタープラン(基本設計)と合わせてアーキテクチュラル・ガイド・ライン(建築設計指針)をつくり、そこで決められたガイド・ライン(指針)に従って自由なデザインをするものです。よく誤解されることは、街並みデザインを全体主義的な個性を失ったデザインのお仕着せのように誤解する人がいます。ヒトラー、スターリン、チャウセスク、ムッソリーニらが造った「偉大な国家」主張のある街は、個性を抹殺しています。アーキテクチュラルガイドラインを使った町は、個性を尊重し調和するデザインです。そのため、このような枠組みを尊重してつくられた住宅は、個々の住宅が自由な設計を行って個性豊か住宅として設計されても、アーキテクチュラル・ガイド・ラインを遵守する限り、街並みの調和が実現するようになっています。
宅地造成と住宅建設
日本には欧米の都市計画の考え方に倣ったマスタープラン(法定都市計画)があり、マスタープランに従った米国のサブディビジョン・コントロールに倣って「集団規定による建築規制」が行われています。しかし、日本の建築法規の適用された結果は、米国の法律で作られた住宅地とは全く「似て非なるもの」になっています。その理由は、米国のサブディビジョン・コントロールに相当する役割を担う筈のわが国の都市計画法による開発許可と建築基準法で定める集団規定は、開発許可によって造成された宅地が狭すぎ、雛壇造成で、敷地をバラバラに擁壁によって切り離してしまったからです。そのうえ、集団規定が狭い敷地の空間利用を制限するため、事実上の建築形態の設計条件になり、個別の敷地ごとの建築物の外郭を規定してしまうため、街並み景観は逆に大きく崩されてきました。
より本質的な理由は、政府が公団公社の行った宅地開発に、高度経済成長時代、高金利の財政投融資資金を使わせ、雛壇造成など鉄筋コンクリート擁壁で土木建設業者の利益本位の造成工事費が異常に高額になる造成工事を一般化したため、宅地造成費が高騰し、購買力に合わせて宅地の細分化が行われました。消費者の取得能力に合わせて宅地面積を小さすぎるほど細分化しすぎたため、敷地の住宅を詰め込まなければならなくなったためです。開発許可と建築確認という土木行政と建築行政とが競って安全性を口実の土木工事業と建築工事業の事業拡大のため鉄筋コンクリート構造を濫用し、住宅地景観を醜い鉄筋コンクリートの擁壁で築かれた砦にしてしまいました。建築教育は民法第87条の規定により、土地と住宅とが別の不動産とされ、注文住宅建設は、狭小宅地でスクラップ・アンド・ビルドを進める工学として行われ、人文科学的な未来の生活にもこたえることのできる人間環境づくりを行っていないためです。建築士に欧米建築家のような設計を期待しても不可能になっています。日本で住宅設計を建築士に依頼する場合、建築士の中には欧米の建築学を学んだ人もいますが、欧米で建築学を学んだ人は、わが国の設計施工業務では受け入れられず、欧米での学識経験が国内で生かされることは例外です。一般的に欧米で建築家として働き、国内で働くため、苦労して建築士資格を取得しても、日本の建築設計・施工に携わっている建築士に人文科学的な建築設計を期待することは不可能になっています。すべて目先の利益を上げることに関心が集中させられ、当面の売り抜けしか考えず、住宅が設計されています。
優先すべき住環境設計
日本では宅地開発(開発許可)段階で、大きな敷地を、接道条件を満たす宅地に細分化することが行われ、連続する宅地が街並み景観をつくる考えは存在しません。雛壇造成がその代表的な都市開発事業です。建築設計は開発許可で細分化された敷地との関係でしか建築設計業務を行っていません。これは日本の建築設計教育も同じです。最初から近隣と協力して住宅を設計する場合は、むしろ例外的です。ほとんどの場合は、住宅の建設時期が違い、街並みとしての調和した景観デザインをつくることは困難な状況にあります。その条件下で、「個人は街並みため、街並み景観はその構成員のため」という認識に立って街並みデザインを行なうことは、それを担える設計者がいないこともあり、住宅産業界では考えられません。それは住宅地開発の問題ではなく、個別住宅の相隣関係の設計の課題です。
地区計画、建築協定
わが国では、地区計画制度や建築協定制度が、建築基準法上の制度として制度化されていますが、設計レベルでのまとめ方が明らかでなく、それを住宅地計画として作り上げても環境管理の方法は未整備です。地区計画や建築協定が破壊される危機に遭遇したとき、建築行政はそれを行政上守る責任を果たそうとしませんでした。「これらの規定は建築基準法に定められた民事契約を前提にするもので、建築行政は責任を持てない」と責任逃れを繰り返してきました。街並みを考える住宅設計の必要性が理解できても、そこまで設計業務を広げることは困難な状況にあります。
プロの「設計業務」と消費者が作成する間取りづくり
一般の住宅設計では、過去の生活を基に住宅の間取りを作成し、間取りを基に建築確認申請用の設計図書を作成することが「住宅設計」と言われてきました。住宅の間取りをつくる作業は、広い意味での建築主の要求を図面化する設計業務であっても、建築設計専門家が行う設計業務ではありません。建築主が生活を考えて作成する間取り図は、建築学的な知識なしに生活者として間取りをまとめている作業で、建築学上の設計作業でも、建築士法上の設計業務でもありません。なぜならば、基本設計として明らかにする前提である設計の「基本コンセプト」とそれに基づく、「ストーリー」も「ヴィジョニング」もなくて作成した間取り図は、基本設計としての設計条件なしでまとめられた間取り図であっても、基本設計ではありません。また、基本設計は、実施設計を作成するための設計の基本的な事項を取りまとめることですが、「基本コンセプト」は、この住宅が維持できなくなったとき、この土地はどのような運命を辿ることになるのですかという土地利用の基本を考えるコンセプトです。
「基本コンセプト」は「ストックの住宅」で問題にされること
「基本コンセプト」として検討されることの中で重要なことは、敷地の担ってきた歴史・文化・生活条件と、建築主の経済的条件をしっかり設計の基本に置かなければならないことを指しています。それは、現時点で住宅を購入することができるかどうかだけではなく、未来に向けて住宅を購入する人の家計費支出はどのように変化するか、その住宅を手放さなければならなかったとき、建築主が損失を被らないようにすることと、住宅が社会的な使命を担い続けられることを考えることです。「ストックの住宅」の考え方です。わが国では、政府は住宅会社の言いなりの価格で住宅販売ができるように、販売価格全額を融資しますから、建築主は建設業者の売却する住宅を購入する能力を持たされています。住宅会社は住宅を売却したら、そこで建築主との関係は切れ、後は金融機関がローン返済を生涯にわたって追い掛けてくる仕組みです。このような「フローの住宅」の国では、大きな住宅ローンを組んで消費者に現在の住宅購入力を付与する政策です。住宅購入者は住宅ローンの支払い能力を正しく判断をしなければ、ローン返済不能事故が発生し、政府はそれを「自己責任」と切り捨ててきました。
一般的に住宅を購入するときは、建築主は安定した職があり、賃金が上昇するときです。皆が順調に賃金を向上させられるわけではなく、企業も成長し続けるわけではありません。住宅を購入しローンを組んだ時、誰一人としてローン事故を起こすとは考えてはいません。それにも拘らず、現実に住宅ローン返済不能事故がたくさん発生しています。それにもかかわらず、住宅ローン返済問題が住宅政策の問題として取り上げられていない事態は異常です。
住宅産業のための住宅政策
それは日本の住宅政策が1976年住宅建設計画法による住宅政策以来、一貫して、GDP最大化の経済政策のための住宅政策として消費者にその支払い能力を超える住宅を住宅ローンを販売一杯に貸し付けて販売してきたためです。住宅ローンが住宅価格一杯出されたので、住宅購入者の購買力は販売価格どおりはあります。しかし、その購買力は住宅産業の経営を維持するための購買力で、住宅購入者の家計支出からは乖離したものでした。国土交通省は住宅産業の経営を中心に考えるとともに、日本経済のGDP拡大の経済成長中心の住宅政策を行ってきましたが、住宅を購入した国民の利益は住宅政策の対象にしてきませんでした。その事実を最もはっきり証明する事実は、住宅ローンの返済が苦しくなって、購入した住宅を手放さざるを得なくなったとき、その住宅の住宅市場での売却できる価格は国土交通省自身が明らかにした通り、購入した時の住宅価格の半額以下となっていることです。そして政府は、住宅の資産価値は「減価償却し、その価値は残存価値である」と平気で言い切ってきました。損か住宅評価をする国は日本以外にはありません。
(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)