HICPMメールマガジン第861号’2020.01.15)

みなさんこんにちは

 

「住宅問題と都市問題」の関係(「別問題」と考える日本と「一体」と考える欧米)

わが国では「住宅問題」と「都市問題」とは別の問題のように扱われてきた。その理由は、日本の特殊事情によっている。わが国では住宅問題は「住宅を土地と切り離された建築物」と考えられている(「民法」規定)ため、住宅不足数も供給戸数も、土地と切り離された戸数の問題とされたからである。このシリーズの共通のテーマであるTND(トラディショナル・ネイバーフッド・ディベロップメント)は、「住宅問題を環境問題」と「土地と一体の住宅問題」として捉える欧米の視点で考えている。

欧米では土地を「住環境加工」した環境問題と捉えている。現在、米国で一般的に開発されている「TNDタウンハウス」が取り上げられた理由は、地価の高騰に対し「都市での居住環境を悪化させない方法」としてタウンハウスの開発が取り組まれてきた。タウンハウスはその語源は英国にある。英国の貴族たちは、「スコットランドではエジンバラ」、「イングランドではロンドン」で国会議事堂の開会中に都市居住する貴族の下屋敷、上屋敷を「タウンハウス」として建てた。貴族はそのお国(カントリー:荘園)の領主で、その「カントリーに作られた本屋敷」のことを「カントリーハウス」と呼び、貴族が都市に居るとき生活する邸宅(上屋敷、下屋敷)を「タウンハウス」と呼んでいた。

貴族にとって「カントリーハウス」も「タウンハウス」も貴族の生活環境をいい、重視される生活の重要な要素に領主としての体面を作る「接客すること」があった。邸宅には客をもてなすため、非日常の接客空間を計画することに重点が置かれた。「ランドスケープ・アーキテクチュアー」(景観建築)と言う言葉も広く使われているが、「景観」や「眺望」として美しく楽しむことのできる庭園を持つ邸宅建築の設計技法が開発された。邸宅建築は領主の大きな事業で、既存の地形を抜本的改変し、新しく景観を生み出す事業も行われていた。貴族の館にふさわしい景観と眺望とを造るため、目障りになる集落や自然を強制的移転し破壊を命じ、又は、山林や原野を造り変えも行われていた。

英国はもとより欧米では、「土地と建築物は一体の不動産」と考えられていて、「土地を建築加工することで建築不動産が造られる」と考えている。そこで建設される建築不動産は、「一旦建設されたら半永久的に利用される」ことと考えられ、そのためには、建築不動産の「計画修繕」と「善良管理」義務果たされてきた。英国の都市計画法は「都市農村計画法」の名称に示されているとおり、都市と農村とが相互に補い合って、人間の豊かな生活環境を作る考え方である。エベネザー・ハワードが『ガーデンシティ』の中で「都市と農村とが助け合わなければ優れた人間環境の実現できない」と言っている理由は、この著作が登場した時代は産業革命が英国で産業による環境破壊が行われたためである。

産業革命で発生した産業公害により、都市居住者は大気汚染、悪臭、騒音・振動、汚水から健康を守るため、富裕階層だけでなく多くの都市生活者が郊外に向け、脱出する人口移動がはじまった。その移動をモーゼの「出エジプト記」に因んで「エクソダス」と呼んでいた。都市居住者は郊外へ移住すると、人口密度の低い住宅地は、泥棒や強盗の犯罪被害を受けやすくなる。人びとは集団で居住し、泥棒や強盗から集団的に守る安全な街を造ることになる。その基本的な建築技法として、「住宅を連続させて作り、住棟間に泥棒が隠れる空地を造らない技法」が始まった。「2連戸住宅」や「連続住宅」はそのときから急増した住棟形式で、特に連続住宅は安全が採りやすいと言われた。

 

「タウンハウス」の語源と共通する現代の「タウンハウス」

中庭を囲んで連続住宅を造るコートハウスは、そこで囲われた庭を共有して「庭園を造り管理する」住宅地で、「各住宅では持てない広い庭を共有・管理」された。子供たちが安全に遊び、景観と眺望の良い造園と園芸を楽しむ庭を「コモンガーデン(共有庭)」と呼ぶ。「コモンガーデン」は貴族の都市の上屋敷や下屋敷に造られた大規模な公園(庭)に始まり、集合住宅地の共有庭に発展した。米国では共有の中庭を持つ連続住宅を、貴族の都市の下屋敷や上屋敷に因んで「タウンハウス」と名付けられた。わが国の共同住宅を西欧のマンション(大邸宅)に因んで、「マンション」と名付けられた理由と似ている。米国で生まれた「タウンハウス」は、当初その外観が低価格の連続住宅に見られないように、全体を大邸宅のような玄関を設置し、大玄関を潜ってから各住戸の玄関を造ることが試みられた。「テラス」や「ボートハウス」とは違い、邸宅風の外観が「タウンハウス」の語源である。

米国で始まったタウンハウスは、個人住宅を取得しながら、大邸宅でしか持っていない大庭園を持ち、そこが豊かな生活環境を実現するランドスケープが計画されている。そこでの生活と住環境ルールを適正に管理する自治組織により経営され、住環境の計画と建設段階だけではなく、人びとが住み続く限り、「ハードなルール」と「ソフトなルール」により優れた環境を維持させる経営管理が住民の自治で行なう。自治による住宅地経営がなぜ適正に行われているのかを調査した結果、優れた住環境は住んでいる人にとって快適であるとともに、その住宅地に住んでいることに居住者が誇りを高く持て、安全で社会的に尊敬される都市環境が享受できることである。更に、住宅は高い効用を維持するために住宅不動産鑑定評価として価値が経年することで住宅金融機関から「上昇する純資産(エクイテイ)向上の評価」を受けている。

欧米では、住宅と都市問題は一体不可分の関係にあって、優れた住宅は、「住宅が優れた住宅地環境の担い手である」ことが求められ、優れた住環境が整備され、維持管理される住宅地や都市は、そこに立つ住宅の価値を引き上げることになる。そのため米国ではPUD(プランド・ユニット・ディベロップメント:一団地住宅開発))やCID(コモン・インタレスト・ディベロップメント:利益を共有する開発)と、住宅所有者が一団地の住宅を計画的に開発し、管理経営する方法が、強制権を持った民事契約〈カベナント〉によって強制する管理が一般的に行われている。TND(伝統的近隣住区開発)と呼ばれる開発は、居住者が相互に固有の価値を持っている「相違」を尊重しながら、コミュニティとして住宅所有者の合意形成を尊重した住宅地経営をする方法である。高い地価を守る条件の下で、居住者の所得に見合った負担で豊かな空間を利用するためには、都市空間の共有が不可欠となる。

 

「トータル・マーケット論」か、「サブ・マーケット論」か

私の官僚時代、山谷・釜ヶ崎での暴動事件や、その他の対策事業の経験から、住宅対策は不足戸数を充足すれば足りるものではないことを学ばされた。労働者の住宅不足は、労働条件に左右されるもので、貧困な世帯ほどその住宅不足は働き手の雇用条件に縛られることが分かった。住み込み労働、早朝勤務労働、深夜勤務労働、交代制労働など住宅需要者を縛って労働条件により住宅不足条件が左右されていた。労働者の常住地の立地が労働条件に縛られることが分かった。住宅市場は均質な一つの市場ではなく、住宅困窮者の就労の条件により住宅市場が変化させられる。労働者の住宅選択は、労働者の労働条件が、住宅選択をする基本的条件を構成していた。労働者の労働条件から労働者の選択できる住宅は決まられる。居住者の選択できる住宅の立地条件を労働者の就業労働条件で決められる。そこで、京浜工業地帯の従業員5人以上の事業所の労働者を対象に、労働条件から、「住宅立地条件が職場に近接する必要の程度」を定量的に計測した。その結果、全労働者の約38%が、住居から5分程度の時間で通勤できる徒歩圏に立地しなければならないことが明らかになった。これらの居住地が労働条件によって就業地の近接地に縛られることになる労働者を「居住立地限定階層」と定義した。

この調査結果は、当時『アサヒジャーナル』誌に取り上げられた。その記事は元住宅局長大村巳代治氏から、『都市政策大綱』を立案していた田中角栄幹事自民党幹事長に伝えられ、『都市政策大綱』の中に「職住近接論」として取り上げられた。この計画論は「欧米の住宅市場論」として一般的に使われている計画論で、住宅計画を一つの市場と考える「トータル・マーケット論」に対し、複数のサブ・マーケットの複合体で構成されている「サブ・マーケット論」と呼ばれていることを知らされた。

 

「差別」と「区別」の意味の違いと「差別化」取引の問題

住宅や住宅地はそれぞれごとにデザイン、機能、性能が相違している。それは建築主、設計者、施工者がその立地条件や住宅購入者の住宅の需要と供給を考え、それぞれの要求内容に適合する対応市場を検討した結果、発見される多種多様なデザイン、機能、性能を持った住宅と住宅地とによる市場である。その多様な市場の違いは、住宅及び住宅地の需要と供給条件の個性である。住宅は住宅購入者の生活要求に応えることが重要で、デザイン、機能、性能は、住宅需要者の個性に対応するものである。個人の住要求に対し的確に応えるために、住宅及び住宅地の個性としてのデザイン、機能、性能は十分吟味して診査・検討されることが、高い満足のできる住宅及び住宅地を取得するために必要である。

しかし、わが国の「フローの住宅」による売り抜けによる最大の利益を確保する取引では、住宅の評価をその住宅及び住宅地のデザイン、機能、性能の品質の特性の「違い」を評価するのではなく、「差別化」と言って、品質の違っていることや希少性を理由に、「その違いが、住宅の価値の高さ」と欺罔して、高額販売し、利益を獲得する販売方法である。デザイン・機能・性能はその住宅の特性を表すものであっても、その住宅の価値を表すものではない。しかし、「差別化」を住宅市場取引に用いる方法は、不動産の価値を鑑定評価する方法(アプレイザル)ではなく、「販売しようとする住宅と、それ以外の住宅の品質の違い自体に価値がある」と欺罔するものである。希少価値は取引条件に影響する。わが国の「差別化」は、差別により販売価格をつり上げ、又は、購買意欲を刺激するためである。

わが国ではサブ・マーケット論には未だに学問的市民権が与えられていない。その理由は、わが国の住宅政策も住宅産業も「フローの住宅」政策で、住宅を供給する者が利益を上げる「売り逃げ」の考えにしか立っておらず、住宅の購入者本位の考え方に立っていないためである。売り手が「差別化」によって販売しようとする住宅を「高い価値のある住宅」と欺罔して売り抜けることしか考えていない。もし、「差別化」ではなく、住宅及び住宅地の個性の違いを明らかにして、消費者のニーズにより適格に対応することのできる住宅及び住宅地の特性を住宅取引の段階で検討できるようになれば、現在のような「差別化」販売が、市場を混乱させることはない。「差別化」の取り組みもその実態をよく調べてみると、住宅及び住宅地の不動産価値を科学的に評価する不動産鑑定評価制度が適正に機能していないためである。欧米に見られるような不動産鑑定評価制度が、わが国でも的確に機能するならば、わが国で常態化している「差別化」が市場取引を歪めることは抑えられることになる。

改めて住宅の「差別化」の問題を整理すると、「差別化は、住宅の特性の違いを、住宅の価値の大きさであるように欺罔すること」である。欧米で行われているアプレイザル(不動産鑑定評価)が、その住宅不動産の価値を正しく評価鑑定してくれるならば、取り扱う住宅の特性を価値と欺罔し、高い販売価格で取引することは不正であることが容易に解かる筈である。わが国では差別化販売によって利益に違いが生まれてくることを、政府の住宅政策で「差別化」を奨励している政策に間違いがある。

 

「フローの住宅」か、「ストックの住宅」か

わが国にも欧米に倣って不動産鑑定評価制度がある。しかし、わが国の不動産鑑定評価制度は社会科学的な裏付けを持っていないため、その評価が科学的でない。取引事例と不動産鑑定評価人の主観的な判断で左右されるため、トレンド(傾向値)に大きく依存しているため、不動産価格が傾向値で動いているときは、傾向値は一定の条件下では合理的な予測値を示すことが出来るが、価格構成要素が変化しているときは合理性がない。

欧米の不動産鑑定評価制度は、科学的で、以下の原価評価方式(コストアプローチ)、相対的販売価格比較方式(レラティブ・セールス・プライス・コンパリソン・アプローチ)資本還元方式(インタレスト・キャピタライスド・アプローチ)の3方式で鑑定評価を行ない、相互比較をし、専門の不動産鑑定評価技術者が最終的鑑定評価をすることになる。

(1)「原価評価方式:コストアプローチ」は、基本的に評価すべき対象とする建築物の実施設計を前提に材料と労務の数量と単価を乗じた見積もり額を基にその住宅不動産が適正な計画修繕と善良管理義務がなされているとした場合の価値評価は、「推定再建築費」として計算するもので、その見積の結果は物価上昇率以上の価格上昇として示される。

(2)「相対販売価格比較評価方式:レラティヴ・セールス・プライス・コンパリソン・アプローチ」は、その住宅市場で取引されている類似の品質の住宅の取引価格を相対的比較するものである。その評価をする場合は住宅の品質を同じとした場合の取引価格となるので、同じ品質の住宅と見なすようにするための相対的な条件を比較するようにする作業が大変となる。等価交換と見なす条件を揃える住宅を評価する研究がなければ評価はできない。

(3)「利益資本還元方式インタレスト・キャピタライズド・アプローチ」は、その住宅を賃貸住宅で経営されるときの賃貸料と言う不動産管理利益(収益)を資本還元した場合の資本額と言う形で表される。この評価は類似の住宅の賃貸額と取引価格の関係を参考にして決められる。

 

一方、わが国にお不動産鑑定評価は、不動産取引市場での売買実例(住宅の価値評価)を、建築年からの経過年数、建築構造材料や住宅規模、住宅室数、トイレと浴室の仕様、建築物高さ、交通機関の利便性等を混合し、不動産取引業者が顧客の住要求の構成要素を取り上げたもので、それは、欧米の住宅不動産評価で取り上げられている住宅価格決定条件と適当に混合して纏めた合理性のない不動産評価方法である。わが国の不動産評価には、「眺望や景観や住環境」等の住宅価格評価に占める位置は低い。

わが国では、デザイン、機能、性能の特性の違いを、「差別化」(価値の優劣)と価値を評価できると欺罔し、高い価格で売却し不正利益を挙げることしか考えていない。そのため、住宅販売の重点が「区別」ではなく、「差別」に偏重し、「違いは差別をするためには重要」とされるため、住宅を購入する消費者(顧客)の立場での販売ではなく、建設業者や販売業者本位(売り手)のものになっている。わが国の住宅取引も住宅の価値を評価しない「個人信用融資」が行われ、不等価交換が容認されている。

(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です