HICPMメールマガジン第851号(2019.10.16)
みなさんこんにちは
台風第19号の被害に遭われた方々に、お慰めの言葉もありません。回復をお祈り申し上げるだけです。
第9回
20世紀末に集大成された住宅地開発:「アワニーの原則」
「アワニーの原則」が生まれた背景には、都市開発を「官民の対立」とから、「官民の役割分担」へ大きな転換点であった。米国のような自由主義国でも1980年頃までは、民間企業は利潤追求に忙しいので民間の住宅地開発を、行政機関が計画の細部に亘って、監視・監督する必要があると考えられていた。住宅産業の目的は消費者の豊かな住環境の形成であり、優れた住環境の形成は民間住宅産業が利益を増進するとともに、優れた環境の形成は、消費者にとっても自治体にとっても利益となり、税収を増大すると考えられるようになった。サスティナブル・コミュニティはそれ自体が生活者の利益となるとともに、その事業の成功は税収を高め自治体の利益にもなるだけではなく、経済活動の成功は産業の発展を促すと考えられるようになった。「セレブレイション」は、「アワニー原則」が米国社会に受け入れられた時代に実施された幸運な事業である。
住民の資産形成とともに成長するコミュニティ
20世紀末の経済成長により、都市計画は産業の活動中心の価値観から、都市生活者の生活を中心に考える時代へとパラダイムシフ・シフト(都市の価値観の転換)が起きた。都市生活者が都市空間を享受する機能主義で考える視点が、自分自身や家族の生活の豊かさを考える視点に転換した。欧米社会で追求された産業革命以降の100年以上の期間、都市開発の目的は産業・経済の発展の中心の考え方にたっていた。それが、消費者の生活要求の多様化に応える「自由時間都市」に向けて方向が転換された。それは住宅購入者の生活要求の多様化に応える「時・空間利用に対応する住宅地開発」の課題でもあった。「セレブレイション」事業において、ディズニーにより提起されたTND(伝統的近隣住区開発)は、「シーサイド」や「ケントランズ」、「ハーバータウン」等での多数のTNDの経験を取り入れ、居住者の生活と住宅地経営管理の満足を実現する事業であった。消費者生活本位の経済要求だけではなく、多様性を持った住民の要求が尊重された住環境の形成と経営管理である。
アイズナーがディズニー社がTNDの集大成としての「セレブレイション」では、入居者が入居時の住宅地の熟成段階の住環境を享受できるだけではなく、居住者が入居後、後生活環境を熟成させ,居住者が留まることなく発展する多様な要求に応える生活環境に変えることである。TNDは居住者が主体性をもって環境改善できる自治による住宅地経営を行ない、居住者相互がそれぞれの多様性を尊重し、住民相互理解により「住み心地の良い」住宅地の形成を指向してきた。
米国での住宅地開発が大きな転機を迎えたのは、1970年代末の重厚長大型産業構造が崩壊し、軽薄短小型産業構造に移行し、人びとが自由時間を拡大し産業活動に縛られない都市計画と住宅開発が展開されたことによる。カリフォルニア大学アーバイン校は,大学を中心にしたハイデルベルクやソルボンヌの大学都市を参考に大学をアーバイン・ランチの中心にした都市開発や、カーター大統領がハビタット事業として「メキシコと米国の国境で生まれた奇蹟」(ミラクル・オブ・ザ・ボーダー)と呼ばれた母都市サンディエゴを活性化するランチョ・ベルナルドの開発や、優れた海岸環境を自由時間都市にしたカスタ・デル・ソルでアクティブ・リタイアメント・コミュニティを取り入れた開発が実施された。
これらの住宅地開発は居住者の住生活環境形成を重視し環境管理を居住者自治の住宅地経営で、産業構造に縛られない自然環境を大幅に取り入れた都市生活を楽しむ可能性を拡大するようになった。居住者が住みたいと希望する住宅地は、結果的に、「常時、売り手市場を維持し続ける住宅地経営」を行なわれる住宅地である。アイズナーは「セレブレイション」のために、ハワードの影響を受けた優れた住宅地経営を徹底的に調査研究した。居住者の多様性を尊重し、居住者が主体性をもって住宅地経営を行なう「専門家集団による住宅地経営管理システム」を備えた住宅地経営は、居住者が経営実務に悩まされず、適正な住環境経営結果を享受し、既存住宅の取引価格は住宅不動産投資同様、右肩上がりの価格を確実に実現した。米国の住宅産業は住宅地経営管理技術を蓄積し、「セレブレイション」のTNDは、米国社会で育った住宅地経営を取り入れて、未来への生活空間の可能性を拡大することになった。
「アワニー原則」
消費者本位の開発の趣旨・目的やその具体的な成果を米国の住宅地開発に取り入れるべく、1992年カリフォルニア州のNGO団体LGC(ローカル・ガバメンシアル・チャンセラー)が以下の開発の設計者に都市開発関係者に呼びかけ、それに応えて、開催された会議の合意が「アワニー原則」である。(1)「シーサイド」を皮切りに、「セレブレイション」のTNDで与論の支持を受けたDPZ夫妻
(2)「サステイナブル・コミュニテイ」の理論をカリフォルニア大学バークレイ校でセミナーを実施し、ラグナ―ウエストのチーフプランナーとして理論を実践して見せたピーター・カルソープ
(3)地球の有限な資源、太陽、水、風、地熱等の自然資源をエコロジカルなシステムとして利用する農業を取り入れた住宅地開発「ヴィレッジ・ホーム」を実現したマイケル・コルベット
上記建築家ら6人の建築家と約200人の都市開発関係者が、将来の住宅都市問題を考えるため、カリフオルニア州ヨセミテ公園内のアワニーホテルで会合し、新しい住宅地開発は官民が協力して事業の広がりを踏まえて役割分担する合意を「アワニー原則」にまとめた。その合意を基に未来に向けての都市づくりや「ニューアーバニズム」による住宅地開発の思想と計画理論が展開され、時代とともに成長する「ビルディング・リバブル・コミュニティ」を米国政府が全米で新開発及び再開発で展開している。
欧米では住宅地環境経営管理は住宅所有者が主体性をもち、適切な設計と計画修繕と維持管理を、適切な材料と優秀な技能者の技能に適正な労賃を支払い、総額としては消費者が費用負担できる支払い額の開発が取り組まれてきた。高い熟練技能をもつ職人が高い工事生産性を実現することで、TNDによる材料と工法の選択が専門熟練技能者により取り組まれている。一方、わが国ではリノベーションやリモデリング等の小修繕工事が縮小し、ユニットやパネル単位の大型で高額・高品質な「インテリア・エクステリアの現場接着工事」を素人同然の低賃金労働者に置き換得て実施されるようになった。これらのインテリアやエクステリア工事は、欧米では熟練労働者による専門工事労働者により行なわれるか、所有者が熟練技能を学び、DIYで実施設計、工事費見積、工事施工が行なわれる事例が拡大している。
一方、わが国では建築教育はもとより、建設工事にも工事職人の行なう工事の実施設計も、建築詳細も工事施工も教育対象とされず、工事費見積、工事施工の技能も職業教育で行なわれていない。その材料の選択や施工の問題は建設業法上の業務とされるが、建設業法上の監督も建設行政監督もされていない。建設業法上の工事業者区分では建築工事業と区分されるが、その行政は全く行われていない。
NAHB(全米ホームビルダーズ協会)が毎年開催しているIBS(インターナショナル・ビルダーズ・ショウ)では、住宅の設計、施工に関係する材料技術を網羅して、関係技能者の技能教育が住宅建設業の構成部分技術が教育・展示され、技能習得の教育・研修と情報交流が取り扱われる。
NAHBの建築研究所(ビルディンゴ・リサーチ・センター:BRC)や建設業務研究所(ホーム・ビルダー・インスティチュート:HBI)では、住宅建設業者に必要な技術開発、技術評価、技能教育が行われ、技術書の出版や研修が行われている。その全てがわが国では、官民いずれの部門にも存在しない。20年以上前に、わが国では厚生労働省行政として行われていた建設工事の職業訓練も建設技能検定も現在では消滅し、再起不能状態になってしまった。それだけではなく伝統的に存在してきた建設技能伝承制度が消滅し、建設工事に必要な職業訓練は消滅し、技能者養成が出来なくなっている。建築物の設計教育が確認申請図作成で、実施設計とそれに基づく建築技能教育は行なわれていない。
護送船団方式による税金の奪い合いの「無法地帯」
わが国では建築物の基本設計はもとより、実施設計教育が大学や高等建築教育機関で行われず、工事施工に不可欠な実施設計も建築詳細設計教育が存在しない。建築工事教育訓練は無政府状態で、政府は住宅建築産業界に「差別」により不正利益を手に入れる方法を競わせ、建設業法、建築士法、建築基準法違反による不等価交換が常態化している。学問体系が未整備であるうえ、法令の規定通りの合理的な工事は行われていない。国土交通省は建築業務に関し、建設業法、建築基準法、建築士法によって建設行政を行なっている建前を執っているが、それらの行政を支える筈の建築学教育自体が、建築設計、建築材料、建築施工の教育担当者の知識能力は低く、施工テキスト自体が全く整備されていない。
わが国の建設業は重層下請で工事が再分配され、重層下請け粗利加算方式により工事費総額は大きくなるが、施工技術の管理は行われていない。国土交通省は、建設業を建築工事や土木工事により工作物を製造する業とは考えず、元請け業者から下請け業者への流通手数料(粗利)を天引きし、下請け業者に工事を分配する構造とされてきた。国土交通省は、それを現代的に「建設流通業」と呼び、建設業界では元請業者と下請業者とが対等の立場で等価交換契約を行っていると政府自体が考えていない。
その仕組みは、国が発注主体で行なっている公共事業に始まっている。国は、公共工事全体を国の支配下の事業と考え、仕事の分配から利益や賃金の分配まで建設業行政として指揮監督している。政府は分配した工事の下請けを発注行為(権)により支配し続け、分配された公共工事の工事利益の管理や再分配にまで建設業団体の監督により支配してきた。公共事業は、「予算法による国会議決」を必要とするため、国会議員は国政を担当する権限として工事費配分に干渉してきた。
予算が議員の選挙区への配分(個所付け)を予算審議の対象にし、干渉してきた。国会議員、財務省、国土交通省も官僚の利権である。国会議員の関心はそれぞれの選挙区に配分された公共事業予算が建設業者に利益を分配し、建設業者からの政治献金として回収される。政治家にとって政治資金規制法はマネーロンダリング(資金洗浄)で、国民の税金を政治家の懐に転がし込む。その道筋をつけるのが官僚で、政治家の引きでの昇進である。それは公共事業のような財政資金の分配だけではない。建設業に関係する許認可権限の全てが企業活動の利害と関係している。行政権限を巡る利権で業界団体を組織し、政治献金と選挙での票を取りまとめることが、政治家,行政担当者、業者の関心になっている。
政治家への資金の道筋をつけ本省の課長以上の職を手にした「能吏」は、やがて内閣官房や総理臣補佐官等の「忖度政治の裏方」を担う官僚たちにより、不正構造は守られてきた。その官僚たちの中から政治家(閣僚)になる官僚もあれば、裏方に徹し、政府の外郭団体の事務方やロビー活動に徹する官僚OBも多い。国民の税金を政治家が私物化することは、「お金には色がない」とか「政治資金規正法に適合している」と説明をする議員や官僚も多数いるが、厳密には刑法に抵触する犯罪である。
「もの造り」業務は建設業でおこなわれ、その水面下で資金が動き、見えるところで建設工事が行われている。資金の流れで整理した業界の名称が「建設流通業」である。「建設流通業」とは建設工事を元請業者から下請業者に流す過程で粗利を抜き、政治家と官僚に業務分配経費を支払う業が建設業である。「建設流通業」ではその資金の流れを、重層下請けの過程で粗利を繰り返し抜き取る業務と整理すれば、その全体が流通業務である。政治家と官僚へのキックバックを含んで、「手数料の支払い」と整理すれば一般の流通業と同じになる。建設工事業は物づくりの過程で価値を創造する業務であるが、重層下請けにより利益を搾り取る流通手数料徴収業務こそ建設業の本質と考え、「建設流通業」と呼んでいる。
「労働価値説」に立つ欧米の建設業
建設業法が1950年、米国の建設業法を成文法に作り変えてわが国の建設業法が制定され、米国の建設業法同様、法律上は「等価交換」が行なわれて適正利潤が生まれる法律上の建前である。わが国には建設工事を特定する実施設計図書自体の作成が曖昧で、実施設計に基づく工事見積が出来ていないため、建設工事に必要な材料と労務の数量に単価を乗じた合計が、請負工事額以下となる理由が理解できない。
労働価値説に立つ全米ホームビルダーズ協会(NAHB)は、労働者の労働により価値が創造されているから、労働者を切り捨てる政策は間違っていると反対し、住宅都市開発省(HUD)は、職業訓練制度を建設労働政策として存置し、一部の工場生産住宅に限ってOBT政策を実施することを許した。
「モ―バイルホーム」(工場生産住宅)以外の住宅は、工場制作に依らないで、建築設計の標準化、規格化、単純化、共通化により生産性を向上する政策(ZD)(ゼロ・ディーフェクト)を採用させた。その結果、建設現場生産の住宅に関し標準化、規格化、単純化、共通化を推し進め、制作過程に介在する無理、無駄、斑を消滅させる方法で生産性を高めるCM(コンストラクション・マネジメント)技術の普及に成功した。そのため、建設業労働者の賃金は上昇し工事価格は安定している。
わが国政府は米国のモーバイルホームやモジュラーホームで実現したOBTという工業化政策が、米国のすべての住宅産業政策に取り入れられたと勘違いして「プレハブ住宅政策」を実施した。その結果、わが国の建設現場では取り壊した建設廃棄物が増大し、現場での熟練工不要の工場製作部位が取り付けられた。工事額は拡大し消費者の工事費負担を増大した。当然建設現場から熟練技術労働者は放逐され、現場工事接着剤で接着させる工事に代わった。そのため工事は迅速に施工されたが、工事の部分的なやり直しや修正工事はできず、全面的改良工事を行なうことが一般的になった。建設材料業者は過去の工事を修繕する技術は取引額を高めないので嫌い、短い期間で行なえる大規模修繕工事を高い生産性で実現する工事を行ない、既存工事は修繕の対象にせず、建設廃棄物を量産してきた。
わが国では建設工事業者の粗利を高める議論は盛んに行われるが、下請け工事業で働く労働者賃金を問題にすることはなかった。建設工事業者は労働者が工事を行うことで価値を生み出す「労働価値説」の理論を受け入れず、下請け業者が工事を請け負うことによって粗利を手に入れる「建設流通業」の考え方が下請け工事にまで染みついて、下請け業者も建設流通業として粗利を手にする経営が正当な方法と考え、工事業者に労賃を支払う工事額決定の原点を認めたがらない。下請け工事業には企業粗利と労賃とが支払われる工事業経営が行なわれている。それは下請け業者を会社経営にすることにより、非課税経費を認めるため、企業粗利から諸経費を支出し、労賃(個人所得)を少なくしている。
(NPO法人住宅生産性研究会理事長戸谷英世)